promised tune




***


足元が揺れる。低い唸り声と共に、ラジエイトゲート全体がその身を振るわせたのだ。
ハッと顔を上げたイオンを包み込むように、キラキラと記憶粒子が降り注ぐ。
「揺れの感覚が短くなっているような…急いだほうがいいかもしれません」
「ああ、そうだね…」
目の前で、肩で息をするノワールが小さく舌打ちをする。
「ったく情けないったら…あんた達、もうちょっと踏ん張ったらどうだい?」
「はは…いや、体力には自信があったつもりでしたが…」
「………ゲス」
彼女の振り向く視線の先。ウルシーとヨークは地面に両手をついたまま、汗まみれの顔を上げた。
無限かと思われるほど湧き出してくる、見た事もない形の魔物たち。
数々の修羅場を潜り抜けてきた漆黒の翼とはいえ、魔物相手に長時間戦い続けるのはこれまでにないことだった。
イオンもまた、長距離を歩き続けた事で疲弊しきっている。
「すみません、僕がもっと戦力になれば…」
「いいんだよ、これがあたし達の役割なんだから。イオン様にはこの後もっとでっかい仕事が待ってるんだろ」
唇を噛むイオンを横目に、ノワールは苦笑する。
「あまり気に病まないでおくれよ、この汗に見合うだけの報酬はいただくって言ってるだけなんだからね」
「…はい。ありがとうございます」
「さて、ウルシー!ヨーク!いつまで四足のままのつもりだい?もうひと頑張りといこうじゃないか!」
どこか自棄になった調子でノワールが拳を振り上げる。
もうひと頑張りという彼女の言葉はあながち間違いではなかった。
魔物を蹴り飛ばし、殴り倒し、あるいはかわしながら淡い光の粒の中を遺跡の奥へ、さらに奥へと進んでいく。
これまでよりさらに急な階段の向こうに、ひときわ輝く扉がイオンたちを待っていた。


***


――――ココハドコ?

「さあこの画面を見るんだ。いいな、目を逸らすんじゃないぞ」

――――メヲソラスンジャナイゾ…?

「違う、そうじゃない!頭を動かすな!」
「…おい、コイツは失敗作≠ネんじゃないのか?本当に昨日できたばかりなんだろうな?」
「ちょっと待てよ…ああ、ここに書いてある」
「スピノザ様によるとコレは他のよりも自我の成長スピードが速い個体らしい。このまま続けよう」
「わかった。しかし動かれるのは面倒だな…おい、何か縛るものをもってこい!」

――――?

「さて、始めるぞ。頼むから目は閉じるんじゃないぞ…」
「基礎教育プログラム起動準備完了」
「よし。起動開始してくれ」

――――!

動かす事のできない頭。
目玉の動きだけで辺りを忙しく眺めていた、その淡い緑の瞳が目の前のディスプレイに釘付けになる。
点滅したその画面上に、次の瞬間ノイズかと思われるほど高速に並べ立てられる文字や図形たち。
目から脳へ、それは凶暴なほどの情報の塊を直接刻み込んでいく。
空っぽで真っ白だった頭の中に、流し込まれる知識の濁流。
「こいつは耐えられるか…?」
「駄目だったらまた次さ。捨てるのがひと手間だがな」
「いや、このところ教団からの寄付が減っているせいで新しいのはほとんど作られてないんじゃなかったか。ひょっとしたらコイツで最後になるかもしれないぞ」
「なんだ、不景気な話だな…」

――――捨てる…最後…ぼく、で…

塞ぐ事も閉じる事もできない耳に届く小さな会話。
今叩き込まれたばかりの知識で、言葉で、ぼんやりと考えた。

――――僕は誰なんだろう



それは最初の記憶が生まれた場所。 次々と与えられる知識で、そこが「僕を育てるための施設」なのだと知った。
そしてどうやら、「僕」は一人ではないということも。
定期的に白い服の大人がやってきて、僕に教育と試験を行う。
黙って座っている事ができるか。微笑んで相手の言葉を聴くことが出来るか。とある言葉を唱えたとき、何か反応は起きるのか。
「ほう…0261番にはダアト式封咒の要素があるな」
「予言の要素は少し弱いな。古代言語のプログラムを増やしてみるか」
「しかしどうも子供っぽいな。イオン様≠ノは向かないんじゃないか」
「それなら投薬による精神調整も…」
「いや、それは失敗したときの攻撃性が…」
彼らが何をしようとしているのか、僕にはわからなかった。
ただ求められているのは、「イオン」という何かに近づく事なのだということは理解していた。
それが日々の全てだった。
嵐のように飛び込んできたその人が、僕を連れ出すまでは。

***





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