promised tune




***

地面が揺れた。
岩を軋り合わせるような響きが低く続く。
眼下の大地に無数に走るひび割れを眺めて、男は唇を歪めた。
「貴公にも聞こえるか、人間に蹂躙され続けてきた大地の歓喜の声が」
「…」
「あるべき場所へと戻っていく。歪められた世界は形を取り戻すのだ」
その後ろで、暗い声が問う。
「なんで…お前は笑っていられるんだ?」
振り返り、男―――ヴァンは訝しげに目を細めた。
「いつか貴公と約束しましたな。この世界に、故郷を…ホドを蘇らせると。これがその約束への一歩…そう言っても納得はされませんか」
ヴァンの目を見据えて、ガイは拳を握り締めた。
ギイギイとまた、鈍い音が足元から耳に届く。
「これが…歓喜の声?」
ひび割れていく平原の先に、美しい町がある。
大樹を囲むように並ぶ家々には、この大地の揺れに怯える人々がいることだろう。
ガイは足元の音を打ち消すかのように、喉の奥から言葉を搾り出した。
「俺に聞こえるのは戦渦に巻き込まれた人たちの悲鳴だ!暗闇に飲まれた…ホドの悲鳴なんだ」
そう、かつてヴァンと約束をした。
失った大切な場所を、もう一度取り戻そうと。
同じ苦しみを味わったものなら、きっと理解しあえると思っていた。
「答えろ!何故アクゼリュスを落とした?何故また、同じ悲劇を繰り返そうとするんだ!」
「どうなされたのです?かの美しき街を見殺しにした世界を、貴公が庇う必要など無い」
不自然なほど優しい響きの声に、ガイは悟った。
目指す未来は、もう決定的に異なるものになってしまったのだと。
「…あの戦を起こしたキムラスカを、家族を切り捨てたあの刃を許す気は無い。でも!世界に生きる他の人々に何の罪があるって言うんだ!」
「貴公は知らぬからそう言っていられるのだ…」
「俺が…何を知らないって?」
そう言うのなら教えてみろ。
ガイの視線を真正面から受けとめて、ヴァンは静かに語る。
「何故ホドが滅びねばならなかったのか。それは全てユリアの残した預言を盲信するこの世界の犠牲となったからに他ならない」
「ユリアの…?」
「繁栄とは何だ?誰のためのものだ?それを考えもせず…あるいは我が物と信じてたやすく他人を生贄に差し出す…それが今この薄い殻の上に生きる人間たちであり、歪んだ世界そのもの」
「・・・あんたはそれを知ってて止めなかったのか?」
ガイの問いは、ヴァンもまたルークやアッシュのように時を繰り返し生きる者だと知っていたから。
その預言を知るものなら、抗いたいと思うのなら、その成就を阻んでみようとは思わなかったのか。
「止めたとも…」
一瞬、苦しげな表情がヴァンの瞳を過ぎる。
一度ではない。何度も、何度も、抗った。
故郷が、ホドが、確かにヴァンにとっても大切な場所だったのだ。
「だがその後に待っていたのは、より急激な世界を呑む戦渦と大地の崩壊という結末…」
「そんな…!」
「そして気付いたのだ。預言がすべての元凶なのではなく、その預言を盲信することしかできぬこの世界そのものが、もはや存在するに値しないものなのだと」
「!」
「私は…そう、惨めなのかもしれませんな…」
預言の力そのものを、打ち破ることが出来なかった。
何度抗おうと、繰り返されていく絶望。
「それでも、諦める事は出来ないのですよ」
「俺は…俺は…」
言葉にならない。一度は同じ感情で、同じ景色を見ていた者。
この胸の内の空しさと、悲しみと、失望を…どう現せばいいのか。
そんなガイを見て、ヴァンはすっと姿勢を正す。
「もはや私のことを、幼き頃貴公が見ていた私と同じだと思われないことだ」
「ヴァン…」
「もう私には何も聞こえない。世界の声も、ローレライの悲鳴も、ユリアの呪縛も、私を止めることはできない。止めさせは、しない」
瞳に宿るのは狂気。
しかしそれはどこまでも純粋で、深い絶望すらも超える強さを持っていた。
「俺は、これ以上お前と共に行くことはできない」
「…貴公ならそう仰ると思っていました」
ふっと、ヴァンは笑みを浮かべる。
決別の時。
「それでも私は…見たいのですよ。全き世界の、その先の未来を」
それは奇しくも、ルークやアッシュの願いと良く似ていた。
ヴァンに背を向け歩き出すガイを、ヴァンはもはや見ようともしない。
また、地面が音を立てて揺れる。
ふと現れた気配にガイが顔を上げると、そこにはまるで鏡のような景色があった。
「…!?」
自分と同じ髪型、色、形をした人影が、目の前に佇んでいる。
虚像のように、細身の剣はガイとは反対の腰に挿されていた。
「ま…さか…」
そのもう一人の自分≠ェスッとその剣を抜く。
慌てて構えを取るガイに、それは襲い掛かった。





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