promised tune




「そこで何をしている?」
後ろからかけられた声に、ぎょっと飛び上がったのは一番に寝入ったはずのアニスだった。
「あ、アッシュ…おどかさないでよ」
「足音がしたんでな」
「え…アッシュって、地獄耳…?だいたいアッシュの足音はしなかったじゃない」
「軍人たるもの、足音や気配くらい消せませんと」
「!!」
「…相変わらず悪趣味だな」
アッシュよりもさらに巧妙に気配を消して現れたジェイドに、アニスがさらに目を丸くする。
「大佐ぁ…もお、二人とも酷いですよぉ。こんなうら若き乙女☆の後ろに気配を消して近づくなんて、それじゃストーカーみたいだし」
「イオン様が心配で眠れませんでしたか?」
ジェイドの問いに、アニスはしばし考えて首を振る。
「最初はディストの馬鹿ヤロー!って思ったけど、こんなことになるならイオン様がアクゼリュスに入らなくて良かったって思いますもん」
身体の弱いイオンを、これほどの瘴気に晒し続けたくはない。それはアニスの本心だった。
「わかりませんよ。あのお馬鹿さんのことですからね、陸艦ごとうっかり近づきすぎて…ということも考えられますが」
アニスは頬を引きつらせる。
「もお、大佐〜脅かさないでくださいよぉ。イオン様に何かあったらと思うと、私…」
「いやあ、冗談です。すみません。…まあ、正直なところもう少し取り乱すかなと思ってもいたのですが、意外と冷静だったんですね、アニス」
「だ…だって、ダアトにいれば魔物に攫われる可能性もないし、瘴気だって…」
「ダアト?私はイオン様について、ディストに預けても大丈夫としか言った覚えはありませんよ?
「え?あ…だってディストはほら、六神将だし…」
「あいつが一度俺たちに協力していることは他の六神将にも伝わっている。今更のこのことダアトへ戻るとは思えんがな」
「それはその…だって、総長が来てるから神託の盾兵士もたくさんいただろうし、万が一そっちと鉢合わせてたとしてもイオン様なら危害を加えられることはないだろうし…」
しどろもどろになるアニスを見て、ジェイドがくびをかしげた。
「アニス、あなたが今何をしようとしていたか…聞かせてもらっても構いませんか?」
にこにこと笑顔を浮かべたままで、アニスの手を指す。
そこに握られているのは、小さな紙切れ。
「べ…別に大したことじゃないですってば。ちょっと目が覚めちゃったから、散歩でもしようかな、って」
もう一方の手をパタパタと振って誤魔化そうとするアニスに、アッシュはため息をつく。
「この魔界の瘴気では、鳥は飛べない。それをモースに渡すことも、向こうからの連絡を受け取ることもできないはずだが」
「…!」
さっと、アニスの顔色が変わる。
「大詠師モース、ですか…」
ジェイドの呟きに、下を向いたアニスがぎゅっと唇を噛む。
何かを言おうとしたのを遮って、アッシュは一歩アニスに近づいた。
「…アニス」
「…っ!?な、なーにぃアッシュ、眉間に皺寄せちゃってさ。そんなんじゃ…」
「取引をしたんだろう。イオンをダアトに渡す代わりに、その身を安全な場所に置き、危害を加えないと」
努めて明るい声を出そうとしたアニスだったが、アッシュの言葉に一瞬の沈黙。
「アニス、本当のことを教えてください」
二人の言葉に、アニスはただ首を振る。
「そんなこと…そんなことないよ。私はただ…」
震える声に、消えかける語尾。
涙が零れないように、アニスはぎゅっと拳を握り締めていた。
疑うということを知らない、純真なアニスの両親。
ローレライ教団で働き、世界の全てが善であると信じている彼らは、あまりにも容易く騙された。
そうしていつのまにか抱え込んでしまった大量の借金を、大詠師モースが肩代わりしたのだ。
そう、それは意図的に仕掛けられた、罠。
それでも幸せそうにそれを受け入れる両親を、ダアトから、教団から引き離すことなど出来なかった。
『お前の働きによって返してもらえればよいのだ』
言葉だけは優しく、しかし嘲る様にアニスに告げたモースの姿がアニスの記憶に焼きついている。
「アッシュは…知ってるんでしょ!ルークだって、私のこと、本当に知ってるなら…どうして助けてくれないの?どうして?私だってこんなことしたくないよ!でも…どちらかなんて選べない!イオン様も大事だし、パパやママだって、私が守らなきゃ…誰も…助けてなんてくれないの!」
声を振り絞るように叫んだアニスの肩に、アッシュが手を置く。
小さなその肩が怯えたように震えた。
「よく聞け。イオンはダアトにはいない」
「え…?」
不安げに上げられた顔。
「…準備は整った。もうお前がモースに協力する必要はない」
「どういう…こと?」
「お前の両親はイオンと共に避難させた。もちろんダアトではない場所へな」
ぽかんとした表情で顔をあげたアニスが、どうしていいかわからにようにアッシュとジェイドを交互に見た。
「ちなみに私は何も聞いていませんよ。私の場合は…そうですね、私たちの行動があまりにも六神将へ筒抜けになっているのが、少々気になったくらいです」
なにしろあのディストに見つかるくらいですからね、とジェイドは肩をすくめた。
「アッシュ…ねえ、それ、ホント?本当にパパもママも助けてくれたの?」
「…感動する前に聞け」
アッシュの声は、けっして優しいものではない。
「俺はお前がどういう立場だろうと干渉する気はなかった。それはお前が自分で背負うと決めたことだからな」
「そんな…私だって、好きでこんなことしてるわけじゃないよ!」
「好きなことだけをして生きていけるほど、この世界は優しくできてはいませんよ、アニス…でも確かに、あなたの年齢でそれを求めるのは酷というものかもしれませんね」
「ただ、お前のことを大切な仲間だと、危険を冒してでもその力になりたいと言い張るヤツがいた、それだけだ」
「そ、それって…ルークが…?」
「他に誰がいる。だから…感謝するならあいつにしろ」
「アッシュ…」
アニスの手のひらから、小さな紙がポロリと落ちた。
「さーて、アニス、夜更かしはお肌の敵ですよ。まだ心配もあるでしょうが、どちらにせよ外殻大地へ戻ってからのことです。詳しいことは明日にしませんか?」
「はい!おやすみなさい!」
笑った拍子に、アニスの目尻から涙が零れる。
それをぐいっと拭いて、アニスは部屋へ駆けるように帰っていった。
その後に残されたモースへの手紙を拾って、アッシュはため息をつく。
「優しいですねぇ、アッシュ」
ジェイドの言葉を完全に無視して背を向ける。だが、その足がふと止まった。
「ついでに私にも、もし知っているなら教えてください。あなたは記憶≠フ中で…大爆発を経験しましたか?」
振り返る。
ジェイドはもう笑っていなかった。むしろ悲しいほど深刻な表情で、アッシュを見ている。
「…いや、先に死んだのは俺だからな。あいつに聞いたらどうだ」
「そうですか…ありがとうございます」
頷いたジェイドに再び背を向けて、アッシュは部屋へと戻っていく。
その後をすぐに追うことなく、ジェイドは佇んでいた。
窓から差し込むのは月光ではなく、ユリアシティを包む譜業の淡い光。
小さなため息と共に、その光を上げる。
「それは…私が背負わなければいけないもの、でもありますから」
呟きは、ただ自分の胸に向けて。





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