promised tune




青黒い静かな海の底のように、意識は重く澱んでいる。
ドクン、ドクン…
夢も見ないほど深い眠りから、少しずつ浮き上がる意識。
ドクン、ドクン…
規則的に響くその音が自分の鼓動だと、ようやく気づく。
そうだ、早く目を開けなくては。
何かに焦る自分の心が、その鼓動を少しずつ加速していく。
こんなところにいる場合じゃないんだ。
―――こんなところ?
覚醒に至る前のほんの僅かな違和感。
「おや、目が覚めたようじゃな」
しわがれた声に促されるように、薄く目を開ける。
ぼんやりと濁る視界に映りこんできたのは、無機質な天井と薬品棚。
「こ…こは…?」
鼻につく消毒薬の匂い。どこかの医務室のようだ。
何故こんなところにいるんだ?
頭の奥で何かが警鐘を鳴らす。起き上がれ、と。
しかし身体からは痺れたように力が抜け、指先ひとつ満足に動かせない。
腕に付けられた点滴チューブの先には、薄黄色の液体がぽつりぽつりと滴っている。
何も考えたくない。このまま眠っていたい。
溜息と共に目を閉じる。
眠くて仕方ないのに、胸の内でざわめくひと欠片の不安がそれを許さない。
思い出せ、自分は誰で、何故ここにいるのかを。
「まだ身体が本調子ではないじゃろう」
近寄ってきた老人が腕を取る。脈をはかり、点滴の残量を確認してひとつ頷いた。
「ふむ…もう少し寝ておくことじゃ。あんたをゆっくり休ませるようにヴァン様からも託っておるからな」
―――ヴァン!
カッと目を開く。
軋む音と共にベッドの上に勢いよく身体を起こすと、一瞬後にひどい眩暈が襲ってくる。
吐き気に口元を押さえながらそれでも立ち上がると、目の前にそれを押し止めようとする小柄な老人の姿があった。
「ま、待つんじゃ!まだ事後処置が…」
左腕のチューブを無理やり剥ぎ取ると、白衣の老人は慌てたようにドアの前に立ちふさがる。
「ここは…ベルケンド?」
窓の外の景色に見覚えがあった。
立ち並ぶ研究所、金属的な譜業機関の響き。
「何だ…?俺は、どうしてここに…?」
鳩尾がズキズキと痛む。
船上でしたたかに拳を打ち付けられた。そうだ、ヴァンに…
「ガイラルディア殿!まだ動いてはいかんと言うのに…!」
すがり付こうとする老人の腕を振り払い、窓を開ける。
床に転がっていた自分の靴を掴むと、紐を結ぶのもそこそこに床を蹴った。
「どういう…つもりなんだ!ヴァン!!」
眩暈すら振り切るように、勢いよく窓の外へ飛び出す。
ぎらぎらと照りつける日差しが、研究所の窓に反射して目に痛い。
バチカルで船に乗り込んだはずだった。アクゼリュスへ行くその間に、確かめておこうと考えていたことがいくつもあったのに。
「何故俺をアクゼリュスへ連れて行かない…?」
ルークが世界を壊そうとしているというヴァンの企みについてインゴベルトに語ったことにより、おそらくヴァンの船には監視がついていただろう。
だからヴァンがこの街で降りたはずはない。きっと自分ひとりが下ろされたのだ。
何のために?
眩暈を振り切るようにひたすら足を動かし、港へ走る。
今更ながら、あの老人を問いただしておけば良かったとガイは舌打ちをした。自分が点滴されていたあの状況はなんだったのかと、ただ不快感ばかりが増す。
「…これしか…ないか」
港へと駆け込むと、肩で息をつきながら辺りを見渡した。
普段ならそのただならぬ様子に声をかけられそうなものだが、何故か行き交う水夫たちも兵士も不安そうに下を向くものが多い。
出航の準備をしていた船を見つけると、ガイは船長の前で迷わず剣を抜いた。
「ひっ…?な、あんた何を…!?」
咽元に突きつけた切っ先がかすかに震える。
ひどく気分が悪い。
「出港してくれ。行き先は…カイツールだ」
「む、無茶を言わんでくれ!あそこは今…」
「いいから行け!早く!」
かすかに聞こえてくる追っ手の声を振り切るように、船は海へと滑り出した。




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