promised tune
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*** 「何ですか、これは…」 薄暗い部屋。フォニック文字で次々と画面に浮かびあがってくるデータを眺めながら、ディストは頭を抱えた。 ディストの所有する陸艦の中である。横にあるベッドにはイオンが横たわっている。 かつてスピノザから押し付けられた導師イオンのデータ。その中には創り出されたばかりの現イオン≠フデータも含まれていた。 現在の状態のデータを取り直し、初期のデータと比較すればレプリカの劣化速度など様々な資料が得られるはずだったのだ。 「…違いすぎる」 しかしディストが分析したデータは、その初期のものと全くと言っていいほど異なっていたのだ。 「データがここまで変化することなんて、ありえるはずがないじゃないですか…」 まだ研究が足りないのだろうか。 髪をかきむしっていたディストは、ふとあることに気づく。 「へ?」 ある別のデータ。それと比較すると、非常に多くの項目が共通することがわかったのだ。 「まさか、まさか…いやまさか…」 「あーあ、ようやく気付いたの?」 困惑しながらキーボードを操作するディストの横で、むくりと起き上がる影。 「!?」 イオンが、皮肉そうな笑みを唇に浮かべてディストを見ている。 「シンク!?それでは、このデータは…」 名前のない、検体番号のみのデータ。それはとっくに破棄されたはずのレプリカのものだった。 「無駄だね、そんなデータ。でもまあ、名演技だったろ?ジギタリスの毒まで使ってヘロヘロになってやったんだからさ」 ディストは慌ててデータを見比べた。 「何なんです?あなたはシンク?…では本物のイオンはどこにいるんですか!」 「本物…?」 その一言に、シンクが激高する。 「どいつもこいつも出来損ないの役立たずさ。もちろんボクも含めてね!」 突然部屋中にブザーが鳴り響いた。 外の様子を見るカメラに切り替えられた画面には、向かってくる神託の盾騎士団、魔物、そしてリグレットの姿。 「そんなに知りたいなら、あいつらにでも探してもらったらどうだい?」 せせら笑ったシンクは、でもね、と暗いつぶやきを吐く。 「あんなもの、世界の果てで、そのまま朽ちてしまえばいいんだ…」 *** そこから先は、まるでスローモーションのように見えた。 ガタガタと辺りが震えだし、セフィロトのあちこちで小さな爆発が起こる。 揺れに足元をすくわれながらもヴァンに向かっていくルークたちの剣も、弓も、腕も、譜術さえもがはじき返される。 ほんのわずか、ぴたりと揺れが止まった次の瞬間、轟音が鳴り響いた。 支えを失った大地が崩れ落ちる音だった。 ヴァンが指笛を鳴らすと、三匹の魔物が翼をはばたかせてやってくる。 一つにはヴァンが捕まり、残りはアッシュとティアを狙って急降下してきた。 「ふざけるな!この期に及んでついて行くとでも思ったか!」 アッシュがその爪を、翼を切り払う。 「ティア!」 肩を掴まれたティアの足が宙に浮いた。 ナタリアが弓を構えるが、地面が大きく揺れて狙いが定まらない。 ルークは落ちてくる瓦礫を避けると、その魔物の片足をつかんだ。 「ティア、みんなの処に行って、譜歌を!」 必死でもがくティアのすぐ上、魔物の足に何度も剣で切りつける。 鋭い声とともに大きく姿勢を崩した魔物がティアを離す。 その瞬間、足元が一気に崩落する。 宙に浮いていたルークは独り取り残され、まだ魔物に切りつけている。 これ以上待てば、皆がばらばらに落ち始めてしまう。そうすれば、ティアの譜歌の作り出す結界ではカバーしきれない。 「ルーク!早く来て!」 絞り出したのは、悲鳴のような声。 もう間に合わない。 ティアが譜歌を歌いだした瞬間、周囲が明るく照らし出された。 眩しい光と土埃。見上げても、ルークの姿は見えない。 しかしどこからか、声がした。 「譜歌?しかし、これは…」 ルークの声で響くのは譜歌。そして、それに呼応するもう一つの歌声。 それはティアではなく、アッシュの口から零れた歌だった。 「アッシュ!あなた譜歌を、歌えましたの?」 辺りを包む轟音でほとんど聞き取れないが、たぶんそんなことを言ったのだろう、ナタリアの表情が驚きに満ちている。 しかしアッシュには歌っているという自覚がなかった。喉が、自然に旋律を引き起こす。アッシュの意思とは別のところで。 ティアの歌声も重なり、辺りには広く結界が張り巡らされていた。 降り注いでいた光。やがてその金色の光はアッシュを包み、その右目に収束する。 途端に辺りはまた闇に包まれた。いや、落ちていくその下のほうだけがぼんやりと明るい。 ルークの姿を見失ったまま、一行は魔界へと辿り着こうとしていた。 |