promised tune
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坑道は複雑に入り組み、瘴気で紫色に霞んでいた。 「血の臭いがするですの…」 不安げにミュウが見上げてくる。 町の中に漂う臭気で多少鼻が鈍くなっていたとはいえ、その臭いはいまやルークたちにもはっきり感じられる。 その臭いの強くなるほうへ進んでいくと、僅かに広くなった場所に辿り着いた。 「…!」 「なっ…」 ジェイドやアッシュでさえ、言葉を失うような光景。 そこはまさに、血の海だった。 「兄さん!」 悲鳴のようなティアの声が壁に反響する。 行き止まりでルークたちに背を向けていたヴァンが、ゆっくりと振り向いた。 「てめえがやったのか、ヴァン…」 累々と倒れ伏すその屍たちは、キムラスカの兵士の格好をしていた。 「勘違いしてもらっては困るな」 ゆっくりと、わずかなほほ笑みすら浮かべてそう言ったヴァンの言葉に、アッシュは戦慄を覚えた。 「正当防衛というものだ。襲われたのは私のほうなのだから」 「そんなはずはありません!皆…キムラスカの兵士たちではないですか!」 怒りを込めたナタリアの言葉にも、ヴァンの表情が崩れることはなかった。 「ナタリア姫、このようなところまでいらっしゃるとは…しかし彼らが私を狙っていたのは本当のことです。恐らくは、アクゼリュスの民の救出が終われば私を殺すようにと命じられていたのでしょう」 「お父様がそんな命を下すことはありえません」 「ルーク」 首を振るナタリアを冷たく見下ろして、ヴァンは視線だけをルークに向ける。 「お前は私のことを何と告げた?」 「!」 「…私が狙われる理由などそれで十分ではないですかな?」 「なるほど。しかし、見たところ生存者はいませんね」 「死人に口無し、と?あなたがそれを仰るのかな、死霊使い%a」 嘲笑するヴァンに、ジェイドは動じない。 「ガイの姿もないようですが」 「ここにはいない。今はそれだけで十分だろう」 (確かに、倒れている人の中にガイはいないみたいだ…) わずかな安堵。 ルークはそこでようやく、ヴァンの後ろの壁に空いた穴に気づいた。 人工的にあけられた穴、そこには本来、セフィロトへ続く道をダアト式封咒で閉ざしてあったはずの場所。 「扉が…開いてる」 「何っ?」 アッシュが顔色を変える。 「どういうこと?まさかディストが、イオン様を…」 しかしヴァンはつまらなそうに鼻で息を吐く。 「そちらはリグレットに任せてある。さすがにお身体の弱い導師をこの瘴気の中へ連れ出すのは気が引けた、というところか?ルーク」 答えたのはルークではなく、ジェイドだった。 「そうですか。まあ、そちらの戦力が分断されていれば万々歳、ですよ」 「大佐!酷い…イオン様をおとりに使ったんですか?」 「アニス、今は大佐を信じましょう」 「お前たちと共にイオン様がいらっしゃればあまり無駄な力を使わずに済むと思っていたのだがな。残念だよ」 「あなたは片手間にお相手できるような方ではないと、思っていますからね」 ヴァンは奥の入り口を指すと、ルークたちを見た。 「ついて来るがいい」 ダアト式封咒の施されていたであろう扉は、今は開かれている。 「不思議かな?導師にしか開くことのできない扉が破られているのは」 ヴァンは笑い、朗々と語る。 「全ての譜術はそれを使用するものの許容量と知識によって発動が可能となるものだ。ローレライ教団の導師しかダアト式譜術を使える者はいないというのは、は使うための知識が導師にしか引き継がれないからであり、それに相応しい許容量を持った者しか導師として選ばれないからにすぎない」 「ご高説、だな」 アッシュが舌打ちをし、腰に差した剣に手をかけた。 「だから…条件さえそろえばいいのだ」 ちらりと部屋の隅に目をやる。 ボロ布のように見えるその塊からは、生気のない手足が突き出ていた。少年のような、細い手足が。 「まさか…」 イオンにもシンクにもなれなかったレプリカ。ザレッホ火山に捨てられた失敗作≠フ一つ。 たとえその体力がダアト式封咒に耐えられなくても、術の発動に必要な許容量を持ち、知識を与えられたなら… 「使い捨ての劣化品でも、何とかなるものだな」 ヴァンの言葉に、ルークの中で何かが切れた音がした。 「なんで…なんでそんなことができるんだ!」 悲しみと、困惑と、怒り。 目の前にいる人物はもう、自分の尊敬していた師とは完全に違う存在なのだと分かっていた。 それでも何かを変えられるのではないかと、迷い続けていた。 しかし。 「もう一度決着をつけるか?」 剣を交えた彼は楽しそうに笑った。 「ふざけたことやってんじゃねえっ!」 ルークとアッシュ、二人を相手にして、なお余裕の表情を崩さない。 「許せませんわ!」 ナタリアが弓を構え、アニスがトクナガを巨大化させる。 その視界の隅でジェイドとティアが譜術の詠唱を始めていた。 「面白いものを見せてやろう」 口の端に笑みを乗せたまま、ヴァンは身を翻す。 封印の解かれた扉へ。血塗られた坑道から、荘厳なセフィロトへと。 駆け抜けたその先に輝きを放つ柱が見える。 「チッ…」 アッシュが顔をしかめる。 (何をする気なんだ…?) その柱――――パッセージリングに向けて手をかざすヴァンは、息も乱さず静かに言い放った。 「感謝するぞ、ルーク」 「え…?」 「お前の内にこれだけのローレライの力が眠っていたとは、嬉しい誤算だった」 まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のような、無邪気とすら言える笑みで。 「譜歌を、メシュティアリカ」 「兄さん!何をするつもりなの?」 「やめなさい!」 ヴァンの手のひらから、辺りを震わせるほどの力が迸る。衝撃でミュウは壁まで吹っ飛び、ルークたちは数歩よろめく。 「なっ…!」 ルークが目を見開く。それは紛れもなく超振動だった。 パッセージリングから一瞬ガラスを砕くような音が上がったかと思うと、全ては光の中に弾けた。 |