promised tune



***


月が出ている。
白いその光を反射する海原は、どこか砂漠にも似ているようだ。
背後の気配には気づいていたが、アッシュは無視を続け、ただ海を見ている。
やがて忍び笑いが響いてきて、ようやく振り返った。
「何がおかしい」
からかうような気配は消えることなく、静かに言葉を投げかける。
「アッシュがナルシストだなんて知らなかったな」
「なんだと…?」
ドアの陰に入っているその姿は、月明かりに慣れた目にはほとんど映らない。
それでも相手の表情は手に取るようにわかる。
「鏡の向こうの自分を好きになっても、後が大変なのにさ」
アッシュは不機嫌そうに、相手の居る辺りを睨む。
「好きなんかじゃない。あんな甘っちょろい考え方しか出来ないやつに任せっきりなのは不安だから助けてやっているだけだ」
「そう。そうだね」
くすくすとまた笑う、少年のような声。
それはイオンとよく似た質の、しかし全く異なる響きを持った声だった。
「ボクもそう思うからさ、早くこんな茶番はやめにして、派手にやろうよ」
鬼ごっこも隠れんぼも飽きてきたと言って、彼は欠伸をする。
「楽しんでいるように見えるがな」
「そりゃあね」
その一瞬だけ、残酷な、冷たい感情がその言葉のうちに込められる。
それは本当に一瞬で、またすぐいつもの皮肉な調子に戻った。
「でも早くしないと、リグレットの堪忍袋が爆発しそうだ」
あのオバサン怖くってさ、とまた密やかに笑って。
「もし退屈したらアンタの恋人でもからかいに行くことにするよ。じゃあね」
ふと気配は消える。
アッシュはふん、とため息とも嘲笑ともつかない鼻息を吐き出して、また海を見た。


***


人気のない甲板で潮風に吹かれていると、カイツールの港が徐々に近くなる。
海は夕凪。風も波もなければ当然船もゆっくりとしか進まず、静けさのなかでただじれったい気持ちをルークは抱えていた。
(…ガイは、もう着いているのかな…)
それを確かめて、自分はどうしようというのだろう。
(ガイがヴァン師匠のやろうとしてることを知った上で選んだのなら、俺は…ガイと戦うんだろうか)
徐々に夕暮れに変っていく空がなおさら沈んだ気持ちにさせるのかもしれない。
大きなため息を吐きだしたとき、後ろで足音がした。
「…ふん、酷い顔だな」
「アッシュ…なんだよ、そんなに情けない顔してたか?俺…」
アッシュが肩をすくめると、ルークは黙ってまた海を見た。

「魔物?」

カイツールに到着すると、やはりヴァンたちは先に出発していた。
しかしそれよりもルークたちが驚いたのは、街のあちこちに焦げ跡や崩れた壁などの瓦礫が見られることである。
しばらく前に、バチカル帰還のためにこの港に寄った際は何の異常も見られなかったから、きっと最近のことなのだろう。
ルークがそれを尋ねると、敬礼した兵士は魔物の襲来があった、と言いにくそうに答えた。
「軍の施設を置く街でありながら易々と侵入を許したことは誠に遺憾でありますが、何しろ突然、空からのことで…」
「被害は?」
ジェイドも不審げな様子だ。
「マルクト、キムラスカともに軍基地に大きな被害はありません。見張りに立っていた兵士が数人攫われましたが…あとはご覧の通り、戦闘の際に建物に多少の被害が出ております」
「魔物が人を攫うなんて…」
「はっ、しかし…半年ほど前からというもの、グリフォンのような大型の魔物が相次いで姿を見せております。デオ峠に営巣しているのではないかという疑いもあり、アクゼリュス救出の先遣隊の方々にマルクト軍からも譜術師を同行させております」
「半年って、じゃあ俺たちが最初に来た時よりもずっと前から?」
「まあ、ではアクゼリュスの人々も魔物の被害にあっているかもしれないのですね?」
「それは…」
言い淀んだマルクトの兵士は「正直にお話しなさい!」とナタリアに一喝され、ジェイドの顔色をうかがう。
「つまり、被害の報告はこれまでもあったが有効な手は打てていない、ってことだろう」
「ル…アッシュ、しかし民の安全を守るのも軍の重要な任務ではありませんの?」
「瘴気によってマルクト側からアクゼリュスの街に近づくことが難しいのは親書にあったとおりです。住民の避難を優先するなかで魔物退治までは手が回らないのでしょう」
情けないことです、とジェイドは肩をすくめた。
「しかし、おそらくはそれも親書に記されていたのではないかと、思うのですがね…」
国家和平のための親書なのだ。内容に食い違いがあっては、それを理由に反故にされても不思議はない。
「どういうことでしょう、大佐」
「例の預言の成就のためにはルークがアクゼリュスへ行く必要があったのでしょうが、そこが危険であればある程親善大使など立てにくい」
「ルークのお母さん、過保護っぽかったもんね…」
納得したようにアニスがうなずく。
「ナタリア、あなたの場合はルークと共に行ってはならないと、強く止められていたでしょうね」
ジェイドの言葉にナタリアの顔色が変わった。
「そんな…それではお父様は、知っていてルークを危険な場所へ…」
「仕方ないさナタリア、そもそも瘴気ってだけで危険なんだから」
真剣に話し込んでいたルークたちは、一番後ろにひっそりと立っていたディストがじりじりとイオンのほうへ近づいていたことに気づかなかった。
「うわっ!?」
「はいはい、お取り込み中に失礼いたしますよ」
「なっ…!ちょっとディスト、イオン様を離しなさいよ!」
イオンの首をがっちりと抱えてディストは高笑いを上げる。
「いえいえ、何も導師イオンに危害を加えようというのではありませんよ。少々お預かりするだけです」
「これでも研究者ですからね、導師の能力には色々と興味があります」
「おやおや、少年趣味に走ったとは意外ですね」
「誰がそんなこと言いましたか!研究ですよ研っ究ぅぅ!」
「そんなことをしても無駄だと思いますがねぇ…」
「!」
ジェイドの呟きに驚いたように反応したのはアッシュだった。
「では皆様、ごきげんようっ!はーっはっはっはっは!」
どこからともなく、空飛ぶ椅子としか言いようのないものが現われる。イオンとともにそれに座り込み、ディストは一気に空へ舞い上がった。
「くそっ…追いかけよう!」
ディストが飛び去った方向を見るルークの肩を、ジェイドがぽんと叩く。
「待ってください。追う必要はありません…そうですね?アッシュ」
「…ああ」
「何か知っているの?アッシュ」
ティアが振り返る。
「今はアクゼリュスに行くのが先だ」
しかしそう言ったきり、アッシュは口を閉じてしまった。
「いいえ、導師イオンは両国の和平のためにも必要な方ですわ。このままになんてしておけません」
「今は私を信じていただけませんか。アニスも」
「でもぉ…ディストのやつ何するかわからないし」
「本当にイオンは大丈夫なのか?」
「ええ、この先に人を攫う魔物がいるという話を考えても、今は手の届かない安全な場所にいたほうがいいでしょう」
「…わかりました」
「導師イオンは安全と、大佐がおっしゃるなら」
導師守護役のアニスはどんなにジェイドに保証されても、今すぐにでもイオンを追っていきたいのだろう。
不安そうにジェイドを見たが、しぶしぶ頷く。
「ありがとうございます」
ジェイドは微笑んでアクゼリュスの方角を見ると、ぽつりと呟いた。
「何事もなく救援が終われば、一番良いのですけどねぇ」
それは誰もが思っていたことだったに違いない。
しかし、アクゼリュスにたどり着いたルークたちが目にしたのは、予想を超える惨状だった。




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