promised tune
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ザオ遺跡は、ほぼ砂に埋もれていた。 いや、砂の中に入口らしきものがある、と言ったほうがいいかもしれない。 砂漠に住むものでもめったに行くことのないというその遺跡は荒れ放題で、地上部分はほとんど砂に覆われるか、風化している。 しかし、その入口を覗きこんだルークたちが目にしたのは、積もった砂の上に残されたいくつかの足跡だった。 「最近誰かが入ったようですね。そして…」 一番上につけられた足跡は入っていくものだけ。 「まだ中にいる、ってことか」 ルークが呟くと、ジェイドも頷く。 「じゃあ、ここにイオン様がいるかもってこと?」 「足跡の幅が狭いものもあるわね。女性か、それとも…イオン様のような小柄な人か」 「うんうん、アニスちゃん俄然やる気が湧いてきたもんね!れっつごぉー!」 「しーっ。アニス、気合い十分はいいですが、どこで相手に聞こえるか分かりませんよ」 「はぁぃ…」 「これだけ放置されていた遺跡ですわ、もろくなっている個所もあるでしょう。慎重に進んだ方がよさそうですわね」 遺跡の中までは外の灼熱も届かない。少々埃っぽくはあったものの、暑すぎて体力を失う心配はなさそうだった。 しかしルークたちはこの遺跡までも、歩いてきたわけではなかった。 ルークたちについてくることを決めたディストの陸艦を使ったのである。アニスが元気いっぱいなのは空調の効いた室内でしっかり休んだという理由もあるのだろう。 「ではルーク、ミュウ、戦闘でお願いします。私は最後に着きましょう」 ルーク、ミュウ、ティア、アニス、ナタリア、ジェイドの順で石段を下りていく。 ディストがいつ逃げ出すかわからないことから、アッシュは陸艦に残ってディストを見張っている。 この先に他の六神将がいる可能性を考えても、アッシュは来ない方が良いだろうとルークも考えていた。 万が一ダアトに戻る場合のことを考えれば、今はまだ単独行動というだけで敵対者としては見なされていないはずである。しかしここで六神将内で明確に対立してしまえば、今度より厳しくその行動を妨害されるようになるだろう。 と、ルークの思考は突然のミュウの声に呼び戻された。 「音素ですの!」 目の前の石畳の上に、キラキラと輝く何かの塊がある。 ミュウがそれに触れると、砕け散った音素のかけらがミュウの周りを取り囲み、次々とソーサラーリングに降り注ぐ。 「みゅうぅぅぅ…力が、溢れてきますの…!」 気合い一閃、体当たりで大岩を砕いたミュウに、だれからともなく拍手が起こる。 「そのリングは音素を取り込んでパワーアップするわけですか。さすがユリアの遺したものですね。興味深い」 (ユリア…) ルークはそっとティアのほうを見た。 バチカルで見た夢。あのときローレライと共に出てきた少女は、なんとなくティアに似ていたような気もする。 あれはやはり、ユリアだったのだろうか。 (でも俺、ユリアの顔なんて知らないしな…) それがただの夢なのか、それとももっと意味のあるものなのか。今のルークにはまだ判断できなかった。 「イオン様!」 街並みを思わせる整然と並んだ石の遺構を抜けると、ルークたちの目の前には大きな神殿らしき建物が飛び込んできた。 装飾の施された太い柱が支えているのは屋根だけでなく、この広大な空間の天井そのもののようにも見える。 そしてその入口の前には、力なく地面に膝をついて喘ぐイオンの姿があった。 「お前…イオンに何をしたんだ!」 イオンの隣に立っていた大柄な男が、ゆっくりと振り返る。 肩に抱えられた大きな鎌。 「ラルゴ…」 「生きていたか、小僧」 タルタロスで対峙した時、ラルゴの目の前でルークはその甲板から外へと落下した。 ライガクインとアリエッタが受け止めなければ、地面に叩きつけられて死んでいたかもしれない。 「イオン様を返してっ!」 「アニス、落ち着いて」 ティアの制止も聞かずアニスはまっすぐにイオンの元へと走り寄ろうとした。 立ちはだかり、繰り出されるラルゴの蹴りを避けようと体を捻る。 「ふん」 「がっ…あ…!」 しかしそれを見越したように風を切った鎌の柄が、したたかにアニスの腹に食い込む。 倒れこんだ音にイオンが振り向き、目を見開いて呻くアニスを見つめた。 その顔は血の気が引き、唇の色も紫がかっている。 眼の下には隈。とても健康そうとは言えないその顔色に、うろたえたような表情が浮かぶ。 「ラルゴ…」 一瞬、かすかな違和感がルークの背中を駆け抜ける。 (イオン…?) まだその前にはパッセージリングへと続く扉が、ダアト式封咒によって封じられたまま淡い輝きを放っている。 (既にダアト式譜術を使わされた、のか?) あまりにも痛々しいその姿は、バチカルからここまで連れて来られたダメージを超えているように感じられた。 「お通しすることはできませんな」 アニスに一歩近づこうとするイオンを押し留め、ラルゴはアニスをルークたちのほうへ蹴り返した。 「アニス!」 砂にまみれて転がるアニスに駆け寄ると、ティアが小さく呪文を唱え始める。 「なんと卑劣な…あなたたちが攫ったのはそもそも神託の盾騎士団として守るべき、主たる方のはず」 苦悶に歪むアニスの表情を覗き込んで、ナタリアの瞳には怒りの灯がともる。 「導師イオンを開放しなさい!」 「威勢のいいお譲ちゃんだな。しかし導師イオンはこれより大事な儀式に入る。邪魔はしないでいただこうか」 「ナタリア、俺がやる!」 「…!…ナタリア、だと?」 弓を構えたナタリアの前にルークが進み出るとラルゴは一瞬驚いたような表情を浮かべた。しかしすぐそれを隠すように、にやりと挑戦的な笑みを口の端に乗せる。 「なるほど、封印術を解いたってわけか?改めて、決着と行くか」 「いえ、私がお相手しましょう」 ジェイドがその腕から槍をスッと取り出し、ラルゴに切先を向ける。 「!」 「ルークはイオン様を保護してください」 頷くルークとジェイドを交互に見て、ラルゴは唐突に笑い声をあげた。 「っはっは!なるほど、こりゃあ分が悪いな」 「笑っている場合ですかねぇ」 冷やかに言うジェイドにも、ラルゴは余裕の表情を崩さずに言い放った。 「ま、この洞窟ごと崩すって奥の手もあるからな」 ルークの足が止まる。 「…非効率的ですね」 「こっちだけやられるよりは生産的ってもんだ」 突き刺さるように鋭いジェイドの視線を真っ向から受け止め、ラルゴが目を細める。 「導師イオンはそちらに渡す。もし攻撃をしてくるそぶりがあれば…俺は迷わずここを崩す」 「アニスが受けた傷の分はやられ損ですか」 「なあに、痛み分けだ。導師イオンを逃がしてただで済むとは俺も思ってはおらん。怪我をするのが先か後の違いにすぎん」 「…イオンを渡してもらう」 ルークが剣を鞘に収め、一歩進み出る。ラルゴはわずかに身を引いて、その後ろに立っていたイオンをルークのほうへと押しやった。 ふらふらと力ない足取りでルークの前までやってきたイオンは、苦しそうにほほ笑んだ。 「すみません、迷惑を…かけてしまいましたね…」 「大丈夫か、イオン」 大丈夫そうにはとても見えないのだが、イオンはこくりと頷いた。 (なんだ?この匂い…どこから?) ふわりと、花のような匂いがルークの鼻をかすめる。 見渡しても、光の届かないこの地下に草花など見当たらなかった。 「さて、それではそのままこの遺跡を出てもらおう。俺も埋まりたくはないからな、引き返そうなんて思わないことだ」 ラルゴは鎌を構えたまま、顎でルークたちがやってきたほうを指した。 イオンをかばうようにティアとナタリアがゆっくりと後退を始める。まだダメージが残っているらしいアニスはジェイドに背負われている。 「ラルゴ!アリエッタはどこに行ったんだ?」 最後尾でラルゴをけん制するように向かい合いながら、ルークは頭に浮かんだ疑問をぶつける。 陸艦に乗せられるイオンを見たとき、その甲板には確かにアリエッタの姿があったのだ。 しかしラルゴが返したのは味気ない形だけの返答のみ。 「他の者の任務について答える必要はない」 ルークは身をひるがえし、ザオ遺跡の入り口に向かって駆け出した。 |