promised tune


「これからルークの封印術を解きます」
ディストの乗ってきた陸艦は驚いたことに兵士の一人も見当たらなかった。
改造を重ね全自動で動かせるようになったのだと胸を張るディストを脇によけてジェイドが言った言葉に、それぞれ一瞬黙り込む。
「え…?」
「できるのか、そんなことが」
「何ですかジェイド、どんな難解な実験かと思えば、封印術ですって?」
「いいから最後までお聞きなさい」
ジェイドは授業を進めるように三人を黙らせると、アッシュとルークをそれぞれ部屋の真ん中に導いた。
「封印術とは本来、外部からの働きかけによって破れるようなものではありません。解除のための鍵は時限式に変わっていきますし、解くとしても一度に全部、という具合にはいきません」
普通ならば、と付け加えてジェイドは部屋を見渡した。
そこは医務室のようであり、また機械室のようでもあった。
薬品棚と壁を這う配線がそう見せているのだろう。
本来テーブルと椅子が置かれていた中央には、仮眠用のベッドからはぎ取られたマットが置かれていた。
その横にはたくさんのコードが付いたヘルメットのようなものが二つ並んでいる。
「しかし、まあ改めて確認することでもありませんが、アッシュとルークはオリジナルとレプリカ、しかも完全同位体の関係にあります」
「ジェイド…それは、私の研究を、そしてこの腕前を認めたとそう思っていいのでしょうね?」
「そして封印術、左目と満身創痍のルークに比べればアッシュは全くと言っていいほど無傷です」
喜色満面で言うディストを軽く無視してジェイドは続ける。
「そういえばその眼帯はどうした?」
「…えーと、どこから話そうか…」
「ジェイド…私の話も…」
「話を聞きますか?それとも、こちらの薬を飲みますか?」
にっこりとジェイドが取り出した小瓶を見て、全員が口をつぐむ。紫色の粘性のある液体で満たされたそれはどうみてもまともな薬には見えない。
「いい子です――――そこでルークの封印術を解くために、二人を同調させます」
「同調?」
アッシュとルークが思わず顔を見合わせる。
「どういうことだ?」
「フォンスロットを開くカギとして、アッシュの第七音素の波長を使う、ということです。正常にフォンスロットが機能しているアッシュにルークを合わせることで、ルークの方も正常に戻してしまおうといいう試みですよ」
「試みって…じゃあ必ず成功するとは限らないってことか?」
不安げなルークの質問に返されたのは、やはり笑顔。
「だから『実験』と言ったでしょう?」
「なるほど、わかりました。それで私の手伝いが必要とはどういうことなのですか?さあ言ってごらんなさい!」
優越感をにじませるディストだったが、続いたジェイドの言葉に目を点にして固まった。
「ああ。もう十分です」
「な…?」
「この薬品も、この機械も、このマットも、あなたの陸艦のおかげで必要なものはすべて揃いました。感謝していますよ」
そう言われて、ディストの言いそうなことはもうルークたちにも想像がついた。
「一人の手に負えないと言っていたのは何だったんですか!馬鹿にするのもいい加減になさい!」
だぶんジェイドもディストの反応を見越してのことだったのだろう。
「なにぶん旅の途中のことですからね。ともあれ、これだけの条件がそろうことはもうないと言ってもいいでしょう。それとも興味がないと?」
「…あるに決まっているでしょう!」
完全に、ジェイドの勝ちだった。
「じゃあ…俺たちはどうすればいいんだ?」
涙目のディストを横目でうかがいながらルークが尋ねると、ジェイドは部屋の中央にあるマットを指した。
「二人ともここに寝てください」
「!」
「二人で…これに?」
仮眠用のマットはもちろん一人用のサイズだ。無理をすれば二人で寝ることもできるのだろうが、ぴったりと添わなければどちらかが落ちてしまう。
「冗談じゃない。マットを二つ用意するでも、床に寝るでもすればいいことだろう」
アッシュは不機嫌にそう言ったが、ジェイドは首を振った。
「いいえ、さっきも言ったとおり同調させることが目的なのですから、なるべくくっついていてもらわないと困ります」
「ほら、さっさと横になりなさい」
ディストにまで急かされ、ルークはしぶしぶマットに横たわった。
ジェイドが手際よくその頭にヘルメットらしきものをかぶせる。その内側は柔らかかったが、どこか吸いつくような…例えるなら巨大な吸盤が頭に吸いついたような感触だった。
「アッシュ、どうしたんです?」
「………」
ルークの寝ているマットからは視線をはずして、ひたすら何かに抵抗をしているような様子のアッシュ。それを見ていたジェイドが一つ肩をすくめると、部屋の端で手招いた。
「いいですか、アッシュ…」
その耳元で何かを囁くと、アッシュが仰け反るように後ろに下がる。
「危ないですねぇ…ルークを踏んだらどうするんです」
ため息交じりの言葉もアッシュには聞こえていないようで、いきなり赤くなった顔を腕で隠すようにしてアッシュは口を開閉していた。
「おま…お前、それは…っ」
「どうしたんだ?」
「何でもありませんよ。今アッシュが隣に行きますので、そのまま半分は空けておいてくださいね」
ヘルメットで視界が遮られているルークは、そんなアッシュの様子には気づいていないらしい。
のろのろとアッシュはマットへ近づき、やがて覚悟を決めたようにルークの隣に倒れこんだ。
「うわっ!?アッシュ、もっと静かに寝ろよっ」
マットが弾み、危うくルークは放り出されそうになる。
「うるせえ!お前は黙ってろ!」
「何怒ってるんだよ…」
アッシュにもヘルメットが取り付けられる。
本当に二人並ぶとマットの幅いっぱいで、身動きも出来ない。
「さあ、それでは手を繋いでください」
「!?」
「近いほうの手ですよ。どんなつなぎ方でもいいですが、離れないようにしてくださいね」
自分の手をアッシュが取ったのに気づき、ルークが驚いて僅かに身じろぎする。
マットから滑り落ちそうになるルークをアッシュが引き寄せると、自然と指を絡める繋ぎ方になっていた。
「え…?あ、えーっと…」
「はい、素直で結構」
ルークの戸惑ったような声に、ジェイドの上機嫌な言葉が重なる。
「では私とディストは外からあなたたちに取り付けた機械を操作します。音素の揺らぎを邪魔したくないですから、終わるまではこの部屋に立ち入りません」
「ジェイド、この後どうすればいいんだ?」
すっかり実験の内容に引き込まれたのか、ディストは興味深々で二人に取り付けられた機械をチェックする以外は何の口出しもしなかった。
これから同調しろと言われても、具体的に何が必要なのか。
「しばらくすると眠くなるというか、意識が揺らぐはずです。それに抗わずそのまま楽にしていてください。終わると目が覚めるので、まあこれから夢を見るんだと思っていればいいでしょう」
そう言い残して、ジェイドとディストは部屋を出ていく。
ドアを閉める音がすると、あとはもう陸艦の震動音しか聞こえてくるものはない。
ルークがよく耳を澄ますと、アッシュの呼吸が聞こえた。
もう眠ってしまったのだろうか。
「アッシュ…?」
小さな声で呼ぶと、ぴくり、と繋いだ指が動く。
「…黙ってろ」
「うん…」
不思議な気分だった。
アッシュとこんなに近くにいるのは初めてではないだろうか。
(あ、でも…コーラル城で…)
あの時も。
唇が触れ合うほど、近くに。
(うわぁ…っ)
思い出した途端、頬が熱くなるのを感じてルークは慌てた。
こんなに静かでは、鼓動の音すら相手に届きそうだ。
案の定、どうした?というようにわずかに力の込められる指先。
手をつないでいるのだから、言い訳することもできずただこのドキドキと跳ねる心臓の響きを―――――
(あれ?)
アッシュの手を握り返す。
驚いたように一瞬力を込めたあと、重なり合った手のひらから伝わってくる鼓動。
(俺と、同じ?)
それは自分と同じように、急ぎ足のリズムを刻んでいた。
(アッシュも…同じ…)
ふっと吸い込まれるように、眠気が訪れる。
ジェイドの言ったとおりそれに逆らうことなく、ルークは意識を手放した。




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