promised tune


「ルーク」
いきなり横からかかった声に、飛び上るほど驚く。
「…っ!?ジェイド…気配、しなかったぞ」
「いやあ、他のテントの方を起こさないように忍び足でしたから」
そう笑って、ジェイドは泉の横に倒れていた木の幹に腰を下ろす。
「でも、アッシュのあの声じゃご近所迷惑だったかもしれないですねぇ」
「どうしたんだ?」
思わせぶりな言葉についつい、その隣に腰をおろしてしまう。
「雷が落ちまして」

『少なくとも、そんなくだらないことを気にするヤツは俺の知っているナタリアじゃない』

「地震・雷・火事・アッシュ、ですね」
古典的なたとえを出してくるジェイドに、思わず笑ってしまう。
「でも俺、ナタリアの気持ちもわかるんだ」
それは、かつて自分が考えていたことそのものだったからだ。
レプリカとオリジナル。
偽物と本物。
正しい存在はひとつしかなくて、それを奪い合っているのだと。
(わかってても辛いけど、な…)
「みゅうううぅぅ…ご主人さま、目が回る、ですのおぉぉ…」
考えながら、またミュウを撫で回し続けていたらしい。
「ああ、悪い悪い」
パッと手を離すと、ミュウはくるんと一度回って、その場に座り込んだ。
「さて、落ち着いたところで、少々建設的な話をしましょう」
「…?」
立ち上がったジェイドが、オアシスの中央にある広場の方に向かってにこりと笑う。
「アッシュ…!」
足もとが砂で覆われているせいもあるだろうが、やはり足音一つ聞こえなかった。
「何でみんな気配を消すんだ…?」
「俺はこれで普段通りだ。そこの覗き魔と一緒にするんじゃねえ」
確かに六神将としての任務を考えれば、忍び歩きが身に付いていてもおかしくはない。
しかしアッシュの視線の先は、ジェイドではなく…さらに奥の茂みに向けられているようだった。
「まったくですね、そんな風だからかくれんぼ中に箱に入ったまま捨てられそうになるんですよ」
(かくれんぼ…?)
ジェイドの言葉の意味を理解できなかったルークが首をかしげた瞬間。
「キィーーーッ!黙って聞いてれば言いたい放題!だいったいあれはあ・な・た・が・捨てたんでしょうが!死ぬかと思いましたよあの時は!」

絶叫と共にあらわれた人影をみて、ルークは思わず立ち上がった。
「ディっ…ディスト?」
「いやあ、燃えるかと思いまして」
満面の笑みで答えたジェイドに、さらにディストが叫ぶ。
「燃やさないで下さい!」
「ああ、燃えない方でしたか。収集日を間違えましたね」
もうすっかりわけがわからない。
「さっきから何の話だ。…ディスト、お前俺をつけてきたな」
どうやらアッシュには心当たりがあるらしく、ディストがこのオアシスまでやってきたのにも驚いてはいないようだった。
「おや、覗きの次はストーカーですか」
「誰がストーカーですか!覗きも違います!だいたいアッシュ、あなたがディスクを持ち出したのがいけないんでしょう!人のものを盗んでおいてしらばっくれるなんて許されないに決まっているでしょう」
「このディスクですか?」
「そう、その………って、何故ジェイドがそれを!?」
びしっと突き付けられた指先の前に、ひらひらとかざされる一枚のディスク。
「拾いました」
無邪気な笑顔で言い放つジェイドに、アッシュが頷き返す。
「俺が失くしたやつだな」
「おやそうでしたか。奇遇ですねぇ」
「………。」
漫才のようなやり取りについていけないルークは、ただ唖然と眺めていた。
「ば…馬鹿にするのもいい加減にしなさい!そんな偶然がありますか!」
「しーっ!声が大きいですよ、ディスト。ご近所に迷惑でしょう」
人差し指を口の前に立て、子供を諭すかのように声をひそめる。
両手のこぶしを握ってプルプルと震えたディストが、次の叫び声を上げるより早く。
「でも、あなたを待っていたんですよ」
「……へ?」
ジェイドの言葉に、虚を突かれたディストがぽかんと口を開く。
「私ひとりの手にはちょっと負えないような実験がありましてね。フォミクリー研究の観点から言っても、かなり興味深い実験ではあるのですが」
いかにも残念、といった様子で肩を落としてみせるジェイドをしばし見つめて、再びディストの肩が震えだす。
「それは…どうしてもあなたにはこの天才、薔薇のディストの助けが必要だと、そうおっしゃるんですね?ジェイド」
「ええ、その通りです」
こっくりとジェイドが頷く。
半分は予想、半分は嫌な予感で、ルークとアッシュはそっと耳を塞いだ。

「はぁーーーっはっはっは!そうでしょう!そうでしょうとも!いいえ、私だって暇ではないのです。ですが、あなたがそんなに頭を下げて頼むのであれば仕方ない。手を貸して差し上げましょうともっ!」

ふと見れば、ジェイドまで耳をふさいでいる。
やがて周囲のテントから高笑いで眠りを妨げられた住民の怒りの声がこだまし、四人は慌てて宿へと忍び足で戻った。

「うぇっ、ディストぉ!?」
ぞろぞろと宿に戻ると、アニスが驚きの声を上げる。
ティアは身構え、ナタリアは緊張の面持ち。
「じゃあやっぱり、さっき聞こえてた騒ぎって…」
アッシュがナタリアに怒った後、女性のみが残されたテントの中ではそれなりの緊張感が残っていたのに違いないが、思わぬ客の登場によってそれもすっかり消えてしまったようである。
「これだけ狭い所に雑魚寝というのは少々苦しいですからね。人数が増えたついでに、私たちは町の外に出ることにします」
「え?」
顔を見合わせたのはティア達だけではなかった。
「ジェイド…どういうことだ?」
ルークがアッシュの肩越しに声をかけると、ジェイドはさっとディストを指す。
「これが陸艦で来ているはずです。少々やりたいことがありますので、アッシュとルークもお借りしますよ」
「な、なぜそれを…」
「あなたが何の準備もせず砂漠を突っ切ってくるはずがないでしょう」
ジェイドの言葉にディストが絶句していると、足元から声がした。
「ミュウも行くですの…」
その声はふわふわとしていかにも眠そうで、実際目は半分閉じられている。
「ミュウ、あなたはここに残ってください」
「いやですの!ご主人さまと一緒に行くですの」
「ジェイド、連れていったらだめなのか?」
ルークがミュウを抱き上げると、離れるまいとその腕にしがみつく。
「ミュウ自体はかまわないのですがねぇ…」
視線が向けられているのはミュウが身につけているソーサラーリングだった。
「これからやろうとしていることは、あまり他の――――第七音素以外の音素に影響を与えられない状態で行いたいのです。ミュウのこのリングは少々邪魔です」
「みゅうぅ…」
しおしおと耳を下げ、うなだれるミュウにジェイドはそっと手を置く。
「ルークのためと思って、一晩だけわがままを聞いてください。その代り、ルークの分もここの警備、お願いしますね」
「は…はいですの!」
「明日の朝にはここに戻ります。詳しいことはその時に」
「わかりました。お気をつけて」
ジェイドに押し出されるようにオアシスの外へ出たルークは、砂の丘としか思っていなかったものの中に陸艦がいると知って目を丸くした。
「ふふふ…木を隠すなら森の中!この見事なカムフラージュには誰も気付けないでしょうっ」
「何か違う気がするな、それ…」
ジェイドが視線で早く船を出せと急かす。
「静かにしていないと、またご近所さんに詰め寄られますよ」
「う…わかりましたよ。わかりましたから、今から何をするのかさっさと教えなさい!」
ブン、という起動音が砂の中から聞こえたかと思うと、強い風が沸き起こる。
「うわっ…っぷ?」
巻き上げられた砂が降り注ぎ、ルークは頭を抱えた。
「後のことまで考えてやらないから、そうなるんです」
冷たく言ったジェイドの視線の先には、その姿を現した陸艦と、砂に埋まってもがくディストがあった。




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