promised tune


白い紙にインクを一滴落としたように、砂に覆われた大地にぽつんと緑色の場所がある。
湧水が形作る小さな泉を中心として木々が根を下ろし、まばらながらも草花が覆うそこは、この砂漠唯一のオアシスだった。
普段なら、炎天下の日中は体力を消耗を避けるため移動しないのが砂漠での常識だが、今回ばかりはそう言ってもいられない。
ひたすら歩き続け、オアシスへ辿りついた頃にはすっかり夜になっていた。
「…へっくしゅ!」
砂漠の夜は冷える。
昼間は暑くて早く水浴びがしたくてたまらなかったのに、これでは悪くすると風邪をひきそうだ。
「まあ、明日の朝まで待つことですね。すぐ暑くなりますよ」
笑ったジェイドの顔も、どこか埃っぽい。絞ったタオルで顔よりも先に眼鏡を拭くと、思い出したようにルークに顔を向けた。
「ルーク、あなたの知っている限りで構いません。六神将が導師イオンにこだわる理由を教えてください」
宿屋とは名ばかりの、小さなテント。ベッドもなく、揃って雑魚寝するしかないのはナタリアにとって衝撃だったらしい。神妙な顔で隅に座っている。
「うん…ヴァン師匠がもし大地の崩落を狙っているんだったら…」
自分たちの立つこの世界は、外殻大地と呼ばれるまさに殻≠フような形状をしている。
その内側は大きな空洞と、中心に液状化した元の大地――――今は魔界と呼ばれるもう一つの世界が広がっているのだ。
そしてその外殻大地を支える柱が、セフィロトツリーという噴き上がる記憶粒子の奔流である。
「こんなにしっかりした大地の下が、空洞なんて…」
初めてそれを聞かされたナタリアは、じっと自分の足元を見つめた。
今この地上に生きている人々のほとんどは、大地が浮かんでいることなど知らない。想像すらしないだろう。
だから、崩落に対する備えなどしているはずもないのだ。本当にそれが起これば、ただ無力に…落ちていくしかない。
「簡単に例えてしまえば卵の殻がこの大地であり、黄身が魔界。そして白身の部分が空洞、ということですかねえ」
ジェイドの補足でようやく理解したのか、ルークの横に座っていたミュウが何度も頷いた。
「セフィロトのパッセージリングが破壊されれば、大地を支える力がなくなって…崩落する」
(あの時の…アクゼリュスのように…)
頭の中に蘇る悲惨な映像を振り払うように、ルークは大きく息を吸った。
「でもパッセージリングの所までたどり着くには封印された扉を開ける必要があって、それはイオンにしか開けられないものなんだ」
ダアト式封咒と呼ばれるその封印を解くのは、つまりダアト式譜術を使うということ。イオンにとってそれは、自らの命を削る行為であるはずだった。
「そうですか…ではここから一番近いパッセージリングはどこにあるのでしょう?」
「ザオ遺跡、かな」
「ふむ。彼らがその場所を知っているのだとすれば、まず封印を解き、それからケセドニアで物資を補充して逃走するというのが一番ありそうですね」
明日ここの住人に遺跡について詳しく聞いてみましょう、と結んでジェイドはこの話を終わりにしようとしたとき。

「知りたいなら俺が教えてやる」

声はテントの入口から聞こえた。
「アッシュ…!」
「ザオ遺跡まで、案内してやろうか?」
布で仕切られただけの戸口を開けて、室内を見渡す。
「え…?」
小さな声はナタリアの上げたものだった。
「あなた、ルーク…?」
「そっか、ナタリア会ったことなかったんだ…」
アニスがティアに囁く。
「…俺はアッシュだ。ルーク≠ヘそこに突っ立ってるだろう」
指さえ使わず顎先でルークを指すと、ナタリアは二人を交互に見て口ごもった。
「でも…ルークは…その、レプリカだと…」
眉を上げたアッシュはルークを見る。そしてため息をひとつ。
「ふん…確かにオリジナルは俺の方だがな」
つまらなさそうに呟く。
しかしナタリアは、とたんに顔を輝かせた。

「ではあなたが本物のルークですのね!」

無邪気ともいえる明るさでナタリアが口にした言葉に、その場の空気が凍りつく。
(ナタリア…)
その時、どんな顔をしていたのだろう。
ルークを見たティアが、思わず眉をひそめる。
「聞こえなかったか?俺はそんな名前じゃねえ」
苛立ったようなアッシュの声からも耳をそむけるようにして、ルークは入口に歩み寄った。
「あのさ、俺ちょっと顔洗いに行ってくるよ」
「ご主人さま!ミュウも行くですの!」
早足で歩くその後を、跳ねるようにミュウが追いかける。
泉の辺でようやく立ち止まり、ルークは大きくため息をついた。
砂混じりの冷たい風がさらさらと吹き抜けていく。
見上げれば月のない空は雲ひとつなく、星明かりだけでも辺りの様子がわかるほどに明るかった。
済んだ湧水に指先を浸し、水面を混ぜるようにして水の感触を楽しむ。
まるで星空を混ぜているようにも見えるその波がおさまると、後には自分の影だけが映っていた。
表情までは見えない。そのほうがいい。
また、水面に手を伸ばす。
何も言わずにれを繰り返していると、隣からミュウが覗き込んでくる。
「ご主人さま…」
「うん?」
泣きそうにも見えるほど必死な顔で、ミュウは訴えかていた。
「ミュウのご主人さまはご主人さまだけですの!アッシュさんじゃありませんの!」
「ありがとう、ミュウ…俺は大丈夫だよ。もう落ち着いた」
ぐりぐりとその頭を撫でる。
深呼吸をすると、すっかり平静を取り戻している自分がいて逆に驚いてしまう。
たぶん、アッシュが自分をルーク≠ニ呼んだせいもあるのだろう。
不思議なほど、もう気持ちは落ち着いていた。




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