promised tune
|
小さなストーブの中で薪がはぜる。 「何故ルークたちに伝えないのですか?」 アッシュから飲み物を受け取って、イオンはため息をついた。 特にアニスは心配しているだろう。 折りたたみ式のテーブルを挟んで向かい合った二人の他に、このテントにはだれもいない。 漆黒の翼の三人組は、別のテントで休んでいるようだった。 「…今はまだ、向こうに筒抜けになっているだろうからな。なるべくこちらの目的を悟らせずに動くにはこうするしかない」 アッシュの言う『向こう』とはどこだろう? イオンは首をかしげたが、アッシュはそれ以上語ろうとはしない。 強い風にテントが揺れる。先程から雨粒の音も大きくなってきていた。 「顔色が悪いな」 天気のせいか、足元から冷気がはい上ってくるようだ。 冬でもないのにひどく寒く感じられ、イオンは身体を震わせた。 「急なことでしたからね。薬はアニスに預けたままでした」 マルクトでの検査で体力や免疫力の低下を指摘され、処方された薬だ。 普通の薬とは違い、第七音素の要素に特化した≠烽フだとジェイドは言っていたが… それを聞いたアッシュがふと立ち上がり、テントから出ていく。 しばらくして戻ってきたその手には、小さな紙袋があった。 「これは…?」 イオンが目を丸くする。 中から出てきたのは、数種類の薬。見た目だけで言うと、イオンが処方されたものとそっくりだった。 「ちょうど器用な馬鹿が飛び回ってたんでな…」 「…?」 「概ね効果は同じだろう。毒じゃないことは保証する」 「…ありがとうございます」 アッシュは立ち上がり、ストーブに薪を加える。 「今は休んでいるがいい」 「これから、どうするのですか?」 それはアッシュの身の振り方について尋ねたつもりだったが、アッシュはイオン自身についてのことだと受け取ったらしい。 「次は船に乗る」 「船、ですか…」 海でも陸でも、船ならば馬車よりはましだろうか。 力なく笑うその顔には、濃い疲労の色。 自分の足を使っていないとはいえ、馬車で左右に揺さぶられながらの長距離移動は体力を消耗する。 「できるなら、僕もアクゼリュスでの救援に参加したいと思っていたのですが」 足手まといになる確率のほうが高いかもしれないけれど、と苦笑する。 「あなたはどうするのです?ダアトに戻るのですか?」 問われて、アッシュは片眉を上げる。 「もうダアトに用はない。用事はすべて済ませてきた」 戻るつもりはない、と。そう言いきったアッシュを見つめて、イオンは真剣な顔で言った。 「アッシュ…ルークの傍に行ってあげて下さい」 伸びをしかけていたアッシュはその動きをぴたりと止める。 怪訝そうに向けられた視線に、イオンは自分が何か間違ったことを言っているのだろうかと一瞬不安になる。 「…あの馬鹿がどうかしたのか」 しかしアッシュのその言葉に込められた、自分以上の真剣さを感じ取り、ふっと苦笑した。 「彼は優しすぎる。ルークは確かに強いけれど、それ以上に優しすぎるんです」 何もかも、背負おうとしてしまう。 ガイが怒ったように、彼を知っている者ほどその一生懸命さが心配になる。 「このままでは…壊れてしまうかもしれません。いえ、既に彼は…」 左目の視力を失っている。 それでもそれを隠すようにして、ただ前だけを見ようとしている。 ひたむきなその姿勢は、しかし小さな魚が濁流に飲み込まれまいと必死で泳いでいるような、そんな危うさで。 しかしイオンの言葉にも、アッシュは首を振った。 「あいつはそんな簡単にくたばる奴じゃない」 「アッシュ…」 「そんな奴なら、そもそも俺が今ここにいたりはしないだろう」 アッシュの言葉にイオンは下を向く。 「どうして…」 「…あいつは俺の…レプリカだからな」 イオンはハッと息を呑み、膝の上で拳を握り締めた。 アッシュがテントから出て行ったあとも、まだ、動くことができずに。 同じような言葉なら何度も聞いた。 抑えきれないほどの憎しみをこめて、投げつけられるものばかりだった。 オリジナルとレプリカという、相容れない関係にありながら。 「どうしてそんなに、優しく言えるのですか…」 |