promised tune


「ミュウ、あそこの溜まってる油に火吐けるか?」
「はいですの!ミュウゥファイヤアァァァ!」
「こら、吐きすぎだって!爆発したらどうするんだよ」
軽く握った拳で、ポカッと小突く。
「ルーク、ミュウをいじめないで!」
「へ?いじめてないって…」
どうやら人一倍ミュウに甘いティアが声を上げると、ミュウはにっこり笑って胸を張る。
「大丈夫ですの!ミュウ、こういうの知ってますの!ツッコミ≠チていうですの!」
「まあミュウ、物知りなのですね」
「照れるですの〜」
薄暗い廃工場に声が反響する。
戦いに慣れていないとはいえ、ナタリアの弓の腕は確かなものだった。
何より譜術師としてかなりのレベルであるジェイドがいるのである。
住み着いていた小さな魔物などものともせず、一行は奥へ奥へと進んでいく。
配管を足掛かりに深い場所まで降り、そして梯子を登ってまたかなり上のほうへとよじ登る。
「うえぇ…手袋がドロドロだよぅ…」
「ここで働いていた方々はこんな大変な移動をしていたのでしょうか」
「昇降機が動いていればもっと楽だと思いますよ。これでは物を持っての移動ができませんからね」
「そうね…」
そして最奥の壁に取り付けられた大きなドアの前で足を止めた。
「これが非常口かしら?」
「恐らくそうでしょう。錆付いてはいますが…隙間から光も見えます」
「向こうから空気が流れているようですわね」
取っ手に何重にも巻きつけられた鎖をジェイドの譜術で砕くと、脆くなっていたのであろう、扉は轟音とともに外に向かって倒れた。
途端に溢れ出した光。
思わず手をかざすと、湿った風と共に雨の匂いが吹き込んでくる。
「あれは…!」
開けた景色の中に異質なものを認めて、ナタリアが身を乗り出した。
「陸艦?でも、キムラスカのものではありませんわ」
それほど大きな船ではない。
タルタロスに比べれば小舟と言えるサイズながら、しかしその船体は装甲厚く、さらに金の装飾が施されていた。
「神託の盾の兵士たちだわ…」
雨の中、列をなして今まさに陸艦へ乗り込もうとするその兵士たちの中心に、見覚えのある服を見つけたのはアニスだった。
「イオン様!」
風に翻る若草色のローブ。引き立てられるように船中へその姿は消えてしまう。
目を見開いたアニスが何も言わず駆け出そうとする。
「待ってください、アニス」
鋭い声でそれを止めたジェイドが陸艦を指した。
甲板に姿を現したのは、大きな獣と、その横に立つ少女。
ティアも目を細める。
「あれは…アリエッタ?」
「こちらに気づいているようです」
ここから陸艦までは、遮るもののない平原。うかつに近付けば狙い撃ちされてしまうだろう。
「でも…でもこのままじゃ、イオン様が連れて行かれちゃう!」
「…アリエッタは俺を助けてくれたのに」
ルークだけが訝しげに呟く。しかし、アリエッタがイオンに執着した姿を見たことのあるアニスたちは、彼女の宣言を思い出していた。

『イオン様…アリエッタと一緒に帰ってください』
『…今日は約束なので帰ります…でも、次は遠慮しない、です』

「あなたを助けたことはライガクインを助けた恩返しの意味もあったのかもしれませんね。しかし現に今、導師イオンは彼女の手の内にある」
「何とかして近づくことはできませんの?」
「ティア、走りながら譜歌を歌うってできるか?」
「難しいわ…でも、やってみるしかないわね」
身構えたとき、突然ミュウの悲鳴がこだました。
「みゅうううぅぅ!?危ないですの!」
「!!」
今出てきたばかりの非常口から飛び出してきた何か。頭の上を大きな影が横切った。
ボタボタと灰色の塊が降り注ぐ。
「何なのコイツぅ!」
「嫌な臭いですわね…」
腐った油のような臭いが辺りに広がる。
ヘドロとタールを混ぜたような灰色のべたべたとした塊が、ルークたちとアリエッタの間に立ちはだかった。
「はあっ!」
切りかかったルークの剣先が、ずぶりと潜り込む。
まるで粘土を刺したような手ごたえ。
なおも力を込めて刃を押し込むと、ガツンという固い手ごたえと共に魔物が叫び声を上げた。
「こいつ、本体は中か…」
その身体を覆うべたべたは、攻撃を受け動きまわるごとにまき散らされ、徐々に塊の大きさを小さくしているようだった。
「廃工場で育ってしまった魔物のようですね」
「くっそ…どけよっ!イオンが助けられないだろっ」
切っても切っても、なかなか本体にダメージが当たらない。
こうしている間にも、陸艦はその出発準備を終えようとしているのに。
ドン!という音とともに進み出たのは大きな動くぬいぐるみ――――巨大化したトクナガと、その背に乗るアニスだった。
「こんのおぉぉぉ!もーアニスちゃん怒ったんだからあぁぁぁ!」
普段とは逆にトクナガにおんぶされた状態で、アニスが怒りの声を上げる。
「おりゃおりゃおりゃああぁぁ!」
めちゃくちゃに殴りかかるその後ろ姿に、ジェイドが声をかけた。
「アニス、落ち着いて。みんなも合図をしたら離れてください」
紡ぎだされる言葉。ジェイドの周りにいくつもの円陣が現れ、集約していく力がその髪を翻らせる。
「…今です!」
「うわっ…と!?」
転がるようにルークが後ろに跳んだ、その時。

「イグニートプリズン!」

噴き上がった炎の柱が魔物を包む。
金属をこすり合わせるような耳障りな叫びをあげて、崩れ落ちる魔物。
「ルーク、とどめを!」
煙を上げる塊に幾度か切りつけると、フォニムの発する光と共にそれははじけ飛んだ。
「ああっ!」
悲痛なアニスの声に、顔を上げれば…そこには既に、陸艦の姿はない。
「許せませんわ。同じローレライ教団に属するものでありながら、導師の意に反して連れ去るなど…!」
「この先はもう砂漠だわ。歩いて追いつくことができるかしら…」
ティアも唇を噛む。中指で眼鏡を押し上げながら、ジェイドは考えている様子だった。
「砂漠を横断するのであれば、補給のためにケセドニアを訪れるはずです。まだ希望はある、と思いましょう」
「そうね…」
「ケセドニアのマルクト領事館へ鳩を飛ばします。あとは…私たちも急いで行くしかありませんね」
「ケセドニアからそのままカイツール行きの船に乗るってわけにはいかなそうだな」
「ええ、街の近くに陸艦を止めるような間抜けな真似はしないでしょうからねぇ」
イオンを探すなら、アクゼリュスに着くのは遅れてしまうかもしれない。
「ルーク様!和平のための大事なお仕事の途中だって言うのはわかってます。でも…でも、イオン様を助けてほしいんです!お願いします!」
必死な顔でルークの服の端を握るアニスの頭を、ルークはぽんぽんと叩く。
「ああ。当たり前だろ」
「ルーク…」
どこか呆然とそれを見ていたナタリアの呟きに顔を上げると、彼女は慌てて首を振った。
「…いいえ、何でもありません。立派ですわ」

「ガイの反応とそっくりですねぇ…」

ジェイドの漏らした言葉は、砂漠から吹き付ける風に浚われて誰の耳にも届かなかった。




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