promised tune


どこからか滴の落ちる音がする。
張り巡らされた配管に取り残された油の臭い。
砂利と埃の混じった、もう何だかよくわからないものをザリザリと踏みながら進む。
使用されなくなってから長らく経ったとはいえ、一部の動力はまだ生きていたらしい。
蓋が開いたままの配電盤をジェイドが操作すると、低い起動音とともにいくつかの明かりが灯った。
その他には空気取りの窓から洩れるわずかな光しか照らすものはないが、どうにか先へ進めそうだった。
「バチカルの地下にこんな所があったのね…」
兄もとに転がる梯子をよけながら進んでいくと、作業場所だったらしき広い空間に出る。
「え?あれって…」
そこに見知った人物を見つけて、思わずアニスが声を上げた。
「やっぱり、こちらにいらっしゃったのね」
「ナタリア…!」
天空滑車に乗り込む際に、通りすがりの男が女の子を見たと言っていたのは彼女のことだったらしい。
普段なら子供や酔っ払いが入り込まないように入口に配備されているはずの兵士の姿が見えなかったのも、きっと彼女が遠ざけたのだろう。
どうしてここに、という問いに対してナタリアは、凛と胸を張って答えた。
「わたくしもアクゼリュスへ参ります」
正義感に満ち溢れている彼女のこと、国王が止めたくらいであきらめることはできなかったのだ。
どうしたらいいものかと顔を見合わせると、自然とルークが前に押し出される形になる。
「ここは…いや、ここから先ずっと危険なんだぞ、王女のお前が無理することは」
「誰が無理だなんて申しましたの?それに、王女であるからこそ、和平につながる大事な時に率先して出ていかなければならないでしょう?」
止められることも承知で答えを用意していたらしく、ナタリアはルークを遮り、滑らかに説得の言葉を紡ぎ出した。
「しかし、実際の戦闘をご経験ではないのでしょう…?」
「足手まといになると思いますぅ」
その後ろからしかめっ面をのぞかせるアニスやティアをぎゅっと睨んで、腰に手を当てる。
「まあ!わたくし、ランバルディア流アーチェリーをマスターランクまで習得しておりますわ。治癒師としての学問も修めました。もちろん前線に立っての戦闘経験はありませんけど、覚悟なら負けませんわ」
確かに服装もいつものドレスではなく動きやすいもの、その背には女性が扱うにしてはやや大ぶりな弓と矢筒が背負われている。
ふとあたりを見渡したナタリアは、怪訝な顔でルークを見た。
「それよりもルーク、ガイの姿が見えませんわね」
「あ、ああ…」
「ガイはヴァン総長と船で行くんだって」
アニスの言葉に、ナタリアは眉をひそめる。
「そうでしたの…ではあの船にガイも乗っていたのですわね。気づきませんでしたわ」
「私たちは導師イオンを探しながら陸路でカイツールへ向かう予定です。砂漠も越えねばなりませんし、やはりここでお引き返しになった方が良いかと…」
「いいえ!導師イオンが誘拐されたのを知りながら探索に加わらなかったとなれば、ますますキムラスカの信用に関わることになりますわ。何としてもお供いたします」
しばらくの押し問答にもその意思は翻らないようだ。
数瞬沈黙が続いたあと、ルークがため息をついた。
「ならその前に聞いてくれ。その上で、本当に俺たちと来ることが一番いい方法なのかもう一度考えてほしい」
今自分たちが何をしようとしているのか。
親書に要請があったからと、単にそれだけの理由でアクゼリュスを目指しているわけではないのだ。
「昨日ルークがおっしゃっていたことですのね。ローレライの意思と…」
「それだけじゃない」
少し長くなるけど、と前置きしてルークが話し出したのは、屋敷でティアと超震動を起こしてからのこと。
未来の記憶、と言われてナタリアは首をかしげた。
「記憶…そんなことがあり得るのでしょうか…想像がつきませんわ」
ルークはしばし言いよどむ。
「もうひとつ。俺は、本当は…」
レプリカなんだ。
「どういうことですの?あなたはわたくしの知るルークではないというの?」
レプリカとは何か。それを知ったナタリアの顔にはやはり、困惑の表情が浮かぶ。
「半分はそうだ。7年前から屋敷に軟禁されてたのは、確かに今の俺なんだけど…」
ちらりとルークが皆を見渡すと、ティアの瞳が「そこまで言わなければならないことなの?」と問いかけている。
確かに、今は言わなくても済むことなのかもしれない。
しかしここでナタリアが城へ帰ることを決めた場合、もうそれを告げる機会は無くなってしまうかもしれないのだ。
ルークの心の中には、ガイのとった行動がずっと引っかかっていた。
(俺がちゃんと、伝えなかったから…)
伝えきれなかったから、ガイは怒ったのではなかっただろうか。
隠そうとするのは信頼していない証拠だと、思われたのかもしれない。
大切な幼馴染。それはナタリアについても言えることで。
嘘や隠し事を嫌うナタリアの性格も、ルークはよく知っていた。
それに、信頼してもいる。
だからこそ…
「…ではどこかに、本物のルークがいるとおっしゃるのね?」
「ちょっとぉ!その言い方は酷いんじゃないですかぁ?」
「そうね。どちらが本物だという問題ではないと思います」
「お黙りになって!これは私とルークの問題なのですから」
「ナタリア…」
ではあなたはいったい誰?と、ナタリアの表情は語る。
少しだけ哀しそうに。そして、少しだけ怒ったように。
居心地の悪い沈黙の中、誰かがため息をついた。
「あなたの言う通りだとしたら、わたくしが今まであなたに求めてきたことは…きっと間違いだったのですわね」
ルークにというよりは、自分に向けて呟いたようなそのあとで、彼女は顔を上げた。
「先ほど仰ったでしょう、このまま一緒に行くことが本当に一番いい方法なのかと」
「ああ…」
「わたくし、決めましたわ。やはりあなた方と共にアクゼリュスに行きます」
迷いのない瞳で、きっぱりと言う。
「いきなり記憶だのレプリカだのと仰られても、今のわたくしにはまだ理解できません。ですから…この目で確かめたいのです」
「何を…?」

「あなたが誰で、何と戦おうとしているのかを、ですわ」




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