promised tune


***


海鳥が耳に痛いほどの高音で鳴き交わす。
曇天はそう遠くないうちに雨を落とすだろう。
潮の匂い。海鳴り。寄せる波の響き。
舳先に立つガイの背後に、覚えのある気配が近づく。
「まだ出港しないのか?」
その言葉に、屋敷で敬語を使っていたような丁寧さはない。
「今しばらくお待ちください。親善大使のための積み荷が膨大なのでしょう」
反対に相手のほうが丁寧な言葉遣いで返す。
「早くしないと、気が変わって降りちまうかもしれないぜ」
「もとより貴公は私の主たる人、何をそんなに迷われている――――ガイラルディア公」
振り返り、ガイは自嘲するような表情で肩をすくめた。
「迷う?ああ、迷ってるさ。俺は…」
その瞬間。
ドン、と鳩尾に当たった衝撃に、残りの空気をすべて吐き出す。
「かはっ…ヴァン…!?」
目の前に立つ男の顔がゆがんで見えるほどの衝撃。
「ぐ…お…前、何を…?」
視界が揺れる。
船酔いのように腹の底にわだかまる不快感。
空が、世界が、遠くなる。
「くそっ…何を、してるんだ、俺、は…」
崩れ落ちたガイを支えるようにヴァンが跪く。
「どうやら貴公は冷静に考えられないほどお疲れのようだ。しばし、お休みください」
その言葉は聞こえていたのだろうか。
やがてガイが運ばれていったのは船室ではなく、すぐ横につけられた二周りも小さな船。
「さてさて…よろしいのですかな?」
そう言いながらも愉しそうに両手をすり合わせたのは、白衣に身を包んだ老人だった。
ガイを診察台のような場所に固定すると、手際よくその腕に注射器を刺す。
「ではわしはお先に参るとしましょう。ベルケンドへ」
辺りに所狭しと並べられた機械は、まるでコーラル城のレプリカ施設のようだった。


***


馬車は森の中の街道を走る。
「もうすぐでゲス!」
御者台に座る背の低い男が、そう言って鞭を振るった。
「やれやれ、雨が降る前にはたどり着けそうですねぇ…」
隣に座るひょろ長い男がそう呟いて窓から空を見上げる。
「…どうしたんだい?まさか酔ったなんていうんじゃないだろうね」
向かいからたっぷりと色気を含んだ声で女が話しかける。
イオンは黙って、眼を閉じていた。
「さあさあ、着いたでゲス」
その言葉に馬車の進む先に目をやれば、木立が途切れ、開けた草原が見えていた。
ガタン、と馬車が跳ねる。
街道から少し離れた場所に立ち並んでいたのは、大きなテントの群れ。
馬車はそこへめがけて、道なき道を揺れながら突き進んでいた。
「ふふふ…ようこそ、サーカス暗闇の夢≠ヨ」
「やれやれ、一休みといこうかね」
「…ここが…あなたたちの目的地ですか?」
バチカルを出てからほとんど言葉を発することのなかったイオンの問いに、女―――ノワールが目を丸くした。
「あはははは、御覧の通りの移動村さ。ま、明日には畳んで出発しちまうだろうね」
どこへ、はまだ聞かないでおくれよ。そういってノワールはまた笑った。
馬車から下りても、まだ足もとがぐらぐらと揺れている気がする。
それでもイオンは物珍しそうに辺りを見渡した。
黄緑の絨毯の上に広がった色とりどりの幕が風に揺れている。
草の香りが鼻に心地よい。
ノワールたちが消えていったテントから、代りに出てきた人影。
今にも雨の降りだしそうな灰色の空を背に、イオンのほうへ歩み寄る。
「こんな真似をしなくても、僕を呼んだら良いだけではないですか?…アッシュ」
僅かに細めた目で見る世界に、真紅の髪が翻った。


***




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