promised tune
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*** 『貴公を利用しようとしているのであろう』 深い闇だった。 星々の僅かな明かりからも隔絶された、小さな部屋。 『何言ってるんだ…?』 互いの存在を気配で感じるしかない、手をかざしたところで形が見えないほどの闇に包まれていた。 『聞いたのであろう?あの戯言を。全てを知っているなどと圧し、貴公を動かそうというのだ』 船を打つ波の音が小さく届く。 ゆるゆると力なく首を振っても、囁きは止まない。 『そっちに行けと…?悪いが、俺には俺のやりたいことがあるんでね』 『今貴公を本当に必要としているのはどちらか、貴公の望みが叶うのはどちらか。考えてみていただきたい…』 『ならお前は何故黙っていたんだ?レプリカだなんて話一度だって…』 荒げた声の大きさに、慌てて口をつぐむ。 『時が来ればもちろん、お話しするつもりではありました。それでもあれがあの屋敷にいる以上貴公の望みには差し障りないはず、と』 『何だと…』 船が揺れ、軋む。 理想的な風は帆を大きく張らせ、もう半日ほどでこの船を港へと運ぶだろう。 『しかしもはや、鳥篭は開け放たれた…』 低く抑えられた声が鼓膜を通り越して脳まで響く。 『用心なされることだ。あれはもう、貴公の知る者ではないのだから』 こちらの動揺を見透かしたように、それはあえて優しく、温い毒を塗りこむように。 『かつてのホドがキムラスカに翻弄されたように、あれもまた貴公を翻弄しようとしているとしか思えぬ』 鳥肌が立った。 一瞬で頭の中に広がった懐かしき風景に。 そしてまた一瞬でそれを奪った凶事に。 呼吸は浅く、速くなる。 『……っ』 『もはや…別人なのだ』 扉を静かに開閉する気配と共に、空気が揺れる。 取り残されたのは、困惑と胸に巣食う暗い感情。 もう沢山だ。 耳をふさいでも、投げつけられた言葉は頭の中で幾度も反響する。 『そんなわけない…あいつが、そんなこと…』 想いを振り払うように、深く息をついた。 *** 辺りを包む金色の奔流は、やがて一つの形へと収束する。 彼以外は闇。酷くノイズ混じりの、不安定な闇。 (ローレライ…?) 力ある第七音素の集合体。 星の記憶そのものでもあり、この星を動かす力。 彼は何か言いたげに手を伸ばす。 (ローレライ!あの時俺の目に何をしたんだ?) 父や母には、ローレライの契約の証しと嘘をついた。 自分が言い出しただけでは信じてもらえないかもしれないと、イオンやジェイドにも口裏を合わせてもらった。 この身体から抜き取られた何か。 ローレライが触れたときに起こった、激しい痛みの正体は何だったのか。 問いかけに返る言葉はない。 すっと近づいたと思うと、そのままローレライはルークをすり抜けていく。 振り返った先に、白い光。 微笑む少女。 (あれは?) その手を取るローレライ。まるで踊りの誘いを受けるように。 しかしその表情は明るいものではなく、むしろ何かを堪えるような、悲壮とも言えるように思えた。 (歌が、聞こえる…これは…大譜歌?) ティアの声でしか聞いたことのなかったその歌。 今ルークの耳に届いたそれはティアに似た、しかし違う声が奏でるものだった。 (もしかして、あの人は) 少女はローレライを抱きしめる。 優しく、紡ぎ出すその調べに合わせて。 ―――――ユリア。 ルークが呟くのと同時に、霧散する光。 闇と光は溶けあい、全てを包む。思わず目の前に手をかざしたその瞬間、ルークの目に飛び込んできたのはローレライと、彼をきつく縛った光の鎖。 大譜歌は変調する。 耳に残った余韻は、聞きなれないメロディだった。 *** |