promised tune


「お、大きいお屋敷…☆」
涎の垂れそうな顔で見渡すアニスの後ろで、イオンも目を丸くしていた。
「ここがファブレ公爵邸ですか」
「さすがはバチカルきっての大貴族のお屋敷ですねぇ」
塀で囲まれた敷地内には、バチカル城前の庭園に匹敵するほどの豪奢な庭が広がっている。
そして、慣れていなければ使用人でさえ迷ってしまうほどの広大な屋敷。
バチカル城に次いで高い位置に屋敷を構えていることからも、ファブレ公爵家がこの国の有力者であることがわかる。

「ルーク様!お帰りなさいませ!」
「ルーク様がお帰りだぞ」
「お帰りお待ちしておりました!」
「ルーク様!」

いささか大げさすぎるのではないかというほどの歓迎の声に出迎えられる。
さすがにルークの眼帯について驚いてはいるのだろうが、面と向かって尋ねることはできないのだろう。
兜で顔の半分が隠れているため白光騎士団の兵士たちの表情まではうかがえない。
しかしそのルークを迎える声には、はっきりと温かさがこもっていた。
どこかほっとした気分を味わいながら玄関まで敷き詰められた石畳を通り、ファブレ公爵邸の扉を潜る。
「お帰りなさいませ!」
居並ぶメイドたちが揃って頭を下げる。
その先に、父親であるファブレ公爵の姿があった。
「父上、ただ今戻りました」
「ルーク…よくぞ戻ったな、ガイもご苦労だった。報告は先ほどセシル将軍より受けている。その目は…怪我でも負ったのか?」
港から直接この屋敷に来たのであろうセシル少将がその横に控えている。
出かけるところだったのだろうか、公爵は外套を羽織っていた。
問いかけておきながら、そのまま横を通り過ぎようとする父親に向き直ると、ルークは首を振った。
「いえ…違います」
そっと眼帯を外す。
眩しさと目の奥に光が突き刺さるような痛みをこらえ、まっすぐ父親の目を見た。
それはたぶん、これまでのルークでは絶対になかったことだろう。
澄んだ金色を湛える瞳。息をのんだ父親に、静かに告げる声。
「これは、ローレライとの契約の証です」

ND2000 ローレライの力を継ぐもの キムラスカに誕生す
其は王族に連なる赤い髪の男児なり―――――――――――――

ユリアの詠んだ未来。世界に繁栄をもたらすというその予言は譜石となって空をめぐる。
たまたま大地に落ちたその欠片から読み取ることのできたのは、とある男児の行動がキムラスカをさらなる繁栄に導くというものだった。
もちろんその予言は厳重に秘され、知るのは国王と僅かな関係者のみ。
「な…なんだと?そんなことが…」
そしてその関係者の中に、ファブレ公爵は含まれていた。
王族に連なる赤い髪の男児、それはまさに彼の息子を表すものだったからである。
しかしその予言をルーク自身に知らせたことはない。
「ルーク、お前は…」
「詳しい話はいずれいたします。ですからこの目については心配しないで下さい、父上」
公爵はちらりとルークの後ろにいるジェイドに目をやり、あわただしく頷く。
この場で詳しいことを聞き出そうとすれば、隠してきたことが周囲にいる人間だけでなくマルクトにも伝わってしまうと考えたのだろう。
「あ、ああ…では私は出掛ける。使者の方もどうぞごゆっくりとご滞在ください」
そう言い残すと、セシルを伴って屋敷の外へと消えていった。
入れ替わりに奥から走り出てきた人影があった。
「ルーク!」
足音も高く駆け寄ってくる。淡い青色のドレスの裾を軽やかに翻し、跳ねるような勢いでルークの前に立った彼女はいきなり強い口調で切り出した。
「ナタリア…」
「まあ、どうしましたのその目は?ガイ!あなたが付いていながら、ルークに怪我をさせたのですか?」
「違うよナタリア、怪我でもないし、ガイのせいでもない」
そういうルークの言葉が届いているのかいないのか、ナタリアはガイに詰め寄る。
「ガイ!そもそもルークを捜しに行く前に、わたくしの所へ寄るようにと伝えていたでしょう?黙って行くなんて!」
腰に手を当てて一歩近付けば、そのぶんだけガイが後ずさる。
「俺は使用人の身分ですから、城へはちょっと…」
「うーわー、なんか…キッツイ人…」
ほとんど吐息のようなアニスのささやきを聞きとめたのか、ようやくナタリアはルーク以外を見渡した。
「あら…そちらの方は…?」
アニス、そしてティアと目を留め、眉尻を跳ね上げる。
「ルーク!まさかあなた…使用人に手をつけたのではありませんわよね?」
「違うって!それに、使用人じゃない。マルクトからの使者と、それに…」
ルークの説明にも難しい顔のまま、ナタリアはまたガイを睨みつけた。
「本当ですの?ガイ?」
「は?ええ、本当ですよ、ナタリア姫…」
「俺の言うことも信じてくれよ…」
がっくりと肩を落とすルークに目を丸くして、ようやく笑顔を取り戻す。
「とにかくこうしてお戻りになったのだから、早く叔母様のところへ行ってさしあげなさい。随分と心配しておいででしたもの」
「ああ」
「それからルーク…あの約束は思い出しましたの?屋敷を離れた刺激が、何かきっかけになったのではなくて?」
「いや、それは…」
ルークの顔が曇る。
曖昧に笑ったルークに背を向け、ナタリアはどこか切なげな響きで呟く。
「早く思い出して下さいませね。わたくし、待っていますわ…」
(それはそもそも、俺の記憶じゃないから…)
ナタリアにも、いずれ話さなくてはならないだろう。自分と、アッシュのことを。
ルークの胸がずきんと痛んだ。
あの時。エルドラントで、アッシュの死を感じた時…その場を動けなくなるほど取り乱したナタリアを、ジェイドが叱った時。そんなナタリアをどこかで羨ましいと思う自分がいた。
取り乱すこともできなかった。いやそれ以前に、それが現実のことだとまったく意識できなかったのだ。
だから、取り乱し、そして立ち直ることで少しでも胸中に整理をつけることができたナタリアが、羨ましかった。
(その先の、未来で…)
幼い日の約束が果たされた姿を、アッシュの隣に立つナタリアを見ることになるのだろうか。
(その時俺は、どこにいるんだろう)
その胸の痛みの理由を、ルークはまだ知らない。




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