promised tune




***


「返しなさい」
酷く不機嫌な声でアッシュの前に表れたのは、ディストだった。
しかしその髪はボサボサと乱れ、丸眼鏡にはひびすら入っている。
彼がたった今出てきた建物を横目にアッシュが訝しげに眉をひそめると、ディストは陰鬱な表情でそれを睨みつける。
「何をとは言わせませんよ。さ、出しなさい」
扉の両側を守る兵士たちがその様子を不思議そうに見つめていた。
ここはダアト。ローレライ教団の本部、その裏口である。
アッシュをはじめ六神将はその任務が他の兵士たちと大きく異なる。
あまり顔を晒したくない場合もあり、こうして裏口から出入りするのが常だった。
特に今は隠れてのこととはいえ、ヴァンやモースを裏切って行動している最中のこと。
一刻も早く立ち去りたい。
「…リグレットにでも八当たりをされたか」
アッシュが呟くと、ディストは拳を握り締めた。
「ええ、ええ。あなたが私の大切な資料を持ち出したせいですよっ!まったくどいつもこいつも私の研究の邪魔ばかり…ええい、いいから、あのディスクを2枚ともお返しなさい!」
「失くした」
「へ?」
ぽかんと口を開けるその前を、アッシュはすたすたと通り過ぎる。
もちろんディストに断って持ち出したわけではない。盗んだのだ。
しかし返せと言われてもその片方はジェイドに渡してしまったのだし、さらに剣呑な内容であったもう一枚も今は別の場所に預けてある。
「ちょ…ちょっとお待ちなさい。失くした?あんな大切なものを?」
「そうだな」
相手にしていられるか、といった様子で軽くあしらわれたディストは、プルプルと怒りに震えながらアッシュに指を突き付ける。
見え透いた嘘をつくなと詰め寄るかと思いきや。
「わかりました。ならそれはそれで良しとしましょう!その代わり!!」
「?」
いやに聞き分けがいい。いや、良すぎる。
嫌そうな顔でちらりと振り向いたアッシュの前で、ディストはにやりと笑った。

「新しいデータを取らせていただくことになりますからね」


***


昇降機を乗り継ぎ、そびえ立つ街の頂点へと上っていく。
兵士の横を通り抜けると、突然目の前が開けた。
かすかな花の香り。綺麗に刈り込まれた庭園の先に、重厚な門がある。
ルークたちが近づくと、その門の両脇に立つ兵士が顔を見合わせ、二人揃って敬礼をした。
「ルーク・フォン・ファブレ様でいらっしゃいますか」
「ああ…」
セシルから、あるいはヴァンから話があったのだろうか。ルークがうなずくと、すぐに門が開かれる。
「インゴベルト国王陛下がお待ちです。どうぞ、謁見の間にお進みください!」
門を潜ろうとしたルークだったが、それを聞いてふと立ち止まった。
「大詠師モースは?来てないのか?」
「はっ、予定よりも早く会見が切り上げられたとお聞きしております。既に港から船へお戻りのことと思いますが」
「そうか…」
今度はルークたちが顔を見合わせる。
港から帰ったのだとしたら、どこかですれ違ったのだろうか。
診療所に立ち寄った以外は城への最短ルートで上がってきたはずである。
それらしい姿は見なかったが、とティアが首をかしげた。
「おかしいですね、イオン様が私たちと一緒にいることは、ご存じないのでしょうか」
「それとも、何か他に用事でもできたか…」
「イオン様が来るって聞いて逃げ出したんじゃないですかぁ?」
その言葉にちらりとアニスを見た。
導師守護役の立場としては、守るべきイオンを軟禁したのがモースなのであり、大詠師という教団の上部に位置する職といえど彼女のモースに対する言葉遣いは決して丁寧なものではない。
だが、アニスには秘密があった。
商店へ使いに行くと、家族へ手紙を出すと、宿を探してくると、そう言いながらイオンの傍を離れるわずかな間に彼女がしていること。
ルークはキャツベルトに乗る直前の、カイツールの港でそれを目撃していた。
飛び立った小さな鳩。その足に、密書を付けて。
まっすぐにダアトの方角に消えたその影を見送って、振り返ったアニスはそこにいたルークを見てぎょっと驚いたのだった。
『今の鳩、アニスの?』
『違いますよぉ。怪我してるのかと思って抱きあげたら、飛んで行っちゃったんですぅ』
『…そっか』
アニスはごまかすように笑ったが、それはモースに届けられる密書なのだろう。
教団本部で暮らす両親を盾に彼女に課された残酷な仕事。
しかしそれを知っていても、アッシュに託したことがうまくいくまでは手を出すことはできないのだ。
今は、素知らぬ顔でいるしかない。
それはルークの一番苦手とすることだった。
「ここで想像を膨らませていても仕方ないわね。…ルーク?」
うつむいたルークを促したのはティアの声。
再び歩き出したその目の前で、謁見の間の大きな扉が開かれた。




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