promised tune
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「…じゃないか。だから…その件は…」 「報酬は……でゲス」 「さすがです、ノワール様」 (漆黒の翼…) 胸元の大きく開いたワイン色のドレス。谷間を強調するように腰に手を当てて胸を突き出すのは、表向きはサーカス『暗闇の夢』の看板女優、ノワール。その横には二人の男が控えている。 彼らが話し込んでいるのは、店と店との僅かな隙間。何か良くない事を企んでいそうな雰囲気に、思わず声を上げた。 「どうかしたのか?」 「うん?なんだいボウヤ、大人の話に首突っ込んでくるんじゃないよ」 ルークの声に、不機嫌そうにノワールが振り返る。 あたりを見渡して姿勢を正したのは、むしろ神託の盾兵のほうだった。 「ハッ!ど、導師イオン!?…失礼いたします!」 敬礼をしたかと思うと、慌てたようにバチカル城のほうへ駆けて行く。 「導師イオン?…へえ、こりゃぁ珍しいものを見せてもらったね」 「お前たちは…」 ルークに何かを問わせる隙を与えず、さっとノワールは後ろを向く。 「さ、ウルシー、ヨーク!行くよ!」 「へい」 「承知でゲス」 「どうしたんです?ルーク」 ジェイドの声にハッとする。彼らが漆黒の翼であると、取り締まる側のジェイドに知らせても良いものだろうか。 ここで彼らが捕まれば、アッシュが困るのかもしれない。 「いや…何でもない」 「ふむ、彼らをどこかで見たような気もするのですが…まあいいでしょう」 誰も後を追うことなく、そのまま三人は街の雑踏に消えていった。 「ノワール様、彼がもしや…」 「そうだろうねえ」 腕を組んで歩くカップルの片方、男性の視線が、ノワールの胸元に釘付けになる。 彼だけに見えるよう、すれ違いざまにウインクを送ってやると、思わず立ち止まるその足。ほどなく後ろで女性の怒りの声が上がる。 そんな小さな騒ぎは、自分たちの後姿を遮る壁≠ノはうってつけだとノワールはよく知っていた。 「どうするでゲス?報告は…」 「かまやしないよ、放っておきな。相手にしなくていいって言われてるだろ」 「はあ…」 角を曲がるのにあわせ、一瞬だけ振り返る。 行き交う人々の向こうに、緋色の髪がちらりと見えた。 「…まだまだ、青すぎて誘う気にもなりゃあしない。次に期待だね」 紅の引かれた唇の端を上げてそう呟くと、ノワールは酒場の扉をくぐった。 (アッシュは…どうしてるんだろう) 漆黒の翼の後姿を見失い、ルークの胸に過ぎったのはそんな思いだった。 彼らはもう既にアッシュの命で動いているのだろうか。 本当はそれを確かめたかったのだが、もうその後姿は見当たらない。 アクゼリュスまでには一度ルークたちに合流すると、アッシュは言っていた。 いや、今はそれよりも、城に向かわなければ。 (今は…) 「ルーク?」 イオンの言葉に振り返る。 「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」 「え…?」 太陽がやけに眩しい。目の奥が痛む。見上げれば、青空なのに星が散ったようにそれは白く瞬き…次の瞬間、一気に世界は暗転する。 ふらりと重心をなくしたルークを、イオンが慌てて支えた。 「っ…ルーク!?」 地面に膝をついてもまだ、天地が歪むような不安定な感覚に襲われる。ドクドクと体中に響くのは、自分の鼓動だろうか。 「ご主人様、どうしたですの?」 「やはりまだ封印術の影響が…?」 「おい、立てるか?」 駆け寄ってきたガイに、イオンは不安げに問いかけた。 「ガイ、この近くに病院はありますか?」 「宿屋でもいいわ、とにかく一度横になって休息を…」 (くそっ…俺が足引っ張って、どうするんだっ…) ガイを振り払うように勢いを付けて立ち上がると、目の前に驚いたようなティアの顔があった。 「行こう、俺なら大丈夫だから」 「ルーク…」 立ち止まってる暇はないんだ。 胸の奥で自分に言い聞かせる。 拭いきれない不安がルークを追い立てていた。 そう、間に合わなくなる前に。 走らなきゃ。もっと、もっと… 「!?」 バシン!と、耳の奥で音がした。 衝撃から一瞬遅れて、火照るように痛む頬。 叩かれたのだとようやく気づく。 「ガイ、何をするの!?」 「お前はっ…何で自分だけで抱え込もうとするんだ?そんなに他のヤツが…俺たちが信じられないのか?」 (え…?) 呆然と立つルークに向けられた、ガイの瞳。 青空とよく似たその色は、怒りというよりは困惑と悲しみに震えているように見えた。 「今お前がしようとしていることは何なんだ?それは本当に、今の倒れそうなお前を引きずって歩いてでも急がなきゃいけないものなのか?」 「ガ…イ……?」 「ただ『行こう』だけじゃわかんないんだよ。お前にとって大事なことはあるんだろうけど、俺たちにとっても大事なことはあるんだ!」 ガイの腕をイオンがそっと押さえる。 「そうですね。例えばルーク、あなた自身のこととか」 気遣うように浮かべた笑顔のなかで、その眼差しだけはやはりどこか悲しげで。 うろたえたまま、ルークは何も言えなかった。 |