promised tune



「ルーク様」

急ぎ足で船を下りようとしたルークの前に、キムラスカの兵士たちが整列していた。
その赤い髪が何よりの証拠なのだろう。迷うことなくまっすぐにルークを見て声をかけたのは、師団長のゴールドバーグだった。
「この度は無事のご帰還、おめでとうございます」
「ああ…ごくろう」
船から港へと渡された木の階段を軋ませ、数日振りに地上へと降り立つ。
ルークは兵士たちの肩越しにヴァンの姿を探すが、港には物々しいほどの兵士たちが並ぶのみで、後姿さえ見つけられない。首都らしく丁寧な舗装が施された白い岸壁が眩しく光を反射し、思わず目を細めた。
「悪いけど少し急いでるんだ。伯父上…陛下にマルクトからの使者を取り次ぎたい」
しかつめらしい顔でゴールドバーグはルークの背後を見渡し、一つ頷く。
「先に鳩が届きました。皆様は…このセシル将軍が責任を持って城にお連れします」
彼の言葉と共に、その横に控えていた女性が軍人らしいきびきびとした動作で頭を下げた。
「セシル少将であります」
よろしくお願いたします 、と背筋を伸ばす。襟を正し髪を纏め上げた姿に、その性格が表れているようだ。
「ではルーク様は、私どもとお屋敷へ…」
その言葉を遮って、ルークは首を横に振る。
「伯父上…いや、陛下にに直接話さなくちゃいけないことがあるんだ。俺も皆と一緒に城へ行く」
コーラル城で皆を待つ間、アッシュと話したのだ。ヴァンを止めるために今できることは何か。
(今度は…今度こそ…アクゼリュスを守るんだ…!)
手のひらに爪が食い込むほど、ぎゅっと握った拳。アクゼリュス、その名前はまだ思い出すだけでルークの胸をズキズキと痛ませる。
まずはキムラスカとマルクトの和平を早急に結び、パッセージリングを守ること。それはキャツベルトに乗り込む前にイオンをはじめ皆に伝えてあった。
「しかし、ご体調が優れないと…ヴァン揺将から報告を受けておりますが」
「師匠が…?」
ルークの後ろに小さな足音。アニスと共に降りてきたイオンが、丁寧にお辞儀をする。
「ローレライ教団導師、イオンです。この度はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました」
アニスが名乗る間にジェイドが降りて行く。それに続こうとしたティアは、ふと横にいるガイに顔を向けた。
「…ルーク、大丈夫なのかしら…兄さんの姿も見えないわ」
そう言う彼女の顔色も優れない。ミュウが甲板で倒れているルークを見つけてから、朝までベッドへ運ばれたその傍に付き添っていたのだ。夜が明けてから自室に戻ったとはいえ、ほとんど寝ていないのだろう。
「ヴァン揺将なら先に城に向かったんじゃないか?俺はそう聞いたが」
ガイが視線を合わせずに答えると、ティアはハッと身を乗り出す。
「兄さんに会ったの?昨夜のこと、何か聞いた?」
「へ?」
いきなり近づけられた顔に、思わず一歩下がる。
「あ、いや…直接聞いたわけじゃなくて、そう話してるのが聞こえただけなんだがな。…それよりルークがどうかしたのか?」
ティアは小さな溜息をつき、イオンの傍でゴールドバーグに何かを説明しているルークを見た。
「見なかったの?ルークの左目…また色が変わってたわ」
「!」
ちょうどその時、ゴールドバーグもまたルークに遠慮がちに尋ねていた。
「ルーク様…私の記憶違いでしたら申し訳ありませんが、その…瞳の色は…」
思わず左目を隠すように手で覆う。
本当は、調子が悪いのは目だけではない。封印術をかけられた影響か身体もまだ思うようには動かないのだ。
「これは…今は説明できないんだ。でも心配しなくていいから」
(それでも、行きたいんだ。アクゼリュスだけは…)
イオンも心配そうにルークを見上げた。
「確か以前にも同じようなことがありましたね。あの時は、一時的なものだったと思いますが」
船から降りたガイやティアも横からルークを覗き込む。
ミュウの話によれば、甲板で倒れているのを発見されてから船が着く少し前まで、ルークはずっと眠ったままだったのだ。
(見えないなんて言ったら、それこそ屋敷から出してもらえなくなるだろうな)
「そうね…でもやっぱり一度お医者様に見てもらったほうがいいんじゃないかしら…」
「今じゃなくてもいい。必要なら…屋敷に戻ってからそうするから」
ルークが倒れていた、その理由はまだ誰も知らない。心配げな視線に囲まれて、ルークはまた首を振った。
「そこまで仰られるのであれば、公爵家へは使いを出しましょう…セシル将軍、行ってくれるか?」
「承知いたしました」
少しだけ厳しい眼差しで、セシルは一瞬ジェイドのほうを見る。
和平のためとイオンを伴っての訪問とはいえ、過去に自分の部隊をほぼ壊滅にまで追いやった敵国の将校とルークを護衛もなく行かせるのは気にかかるのだろう。
彼女に頷き返したゴールドバークは、再びルークに一礼する。
「それでは、くれぐれもお気をつけて」
「ありがとう!」
嬉しそうに笑みを浮かべたルークを見ていたガイが、ふっと苦笑した。
「どうしました?」
小声で問うジェイドに、同じく小声で返す。
「…やっぱり、だいぶ変わっちまったんだなと思ってさ。あいつがあんなに素直に礼を言う姿なんて、屋敷に居た頃は想像も出来なかったよ」
「あなたの知るルークはよっぽどのお坊ちゃま≠セったようですねぇ」
ガイはジェイドの真似をするかのように、同じ仕草で肩をすくめた。
「まあな。もちろん今のルークのほうがずっと出来る<сcだとは思うけどな。なんか…俺の知らないところでずいぶん成長しちまったんだなって」
「寂しい親心ですか?」
「仕方ないだろ、これまでずっと一緒に育ってきたんだから」

「よし、行こうぜ!」

振り返ったルークを見て、口を閉じる。おどけた口調とは裏腹に、その表情は何かを躊躇うような、苦しみさえ伺えるような暗いものだった。
(何を…隠してるんだ?ルーク…)
屋敷で見ていたのと同じように無邪気そうに見える笑顔でも、今のガイにはその心中を推し量ることはできない。
「何だよガイ、腹でも痛いのか?」
「うん?いーや…空が眩しいだけさ」
一つ首を振ってガイは歩き出した。その言葉に促されるかのように、一行はそれぞれに空を仰ぐ。
切れ切れに雲を散らした澄んだ青を背に、バチカルの街並みが荘厳なほど輝いていた。




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