promised tune


その夜だった。
耐え難い頭痛に襲われて、ルークは這い出るように外へ出た。
少しでも新鮮な空気が吸いたい。
「ロー…レライ……?」
この痛みは、彼が何かコンタクトを取ろうとしているときのものなのだろうか。夜風に当たるとほんの少し楽になる気がしたが、頭の内側からドクンドクンと鼓動に合わせて突き上げるような痛みは治まる気配がない。

解き放て…この程度の鎖で我を縛ることは出来ぬ…

内側から溢れ出す力が、体中を軋ませる。このまま四肢がバラバラになってしまうのではないかという不安が過ぎるほど、それは激しかった。
(封印術のせい…か…?)
 アッシュにも言われていた。封印術によってルークのフォンスロットが閉じられているせいで、すぐ近くに居ても意識を繋ぐことができないと。
「な…んなんだよっ…く…ぁ…」
(また、あの力…?)
左目が熱い。意識が遠のくと同時に、身体が軽くなった。それは自分の意思とは関係なく、ルークの足を甲板の端へ向かわせる。巡回しているはずの兵士の姿が全く見えないことに、その時のルークは気づく余裕がなかった。

聞こえないのか…解き放て…我が力を使うのだ…

その声に従うかのように、腕が上がる。
指先に集まっていく力がどれほど危険なものか、今のルークには十分理解できていた。暴走させてしまえば、この船くらいあっさりと破壊するだろう。
「ルーク!」
後ろからかけられたのはヴァンの声。しかし、ルークは振り向くことすら出来なかった。身体の中で、ローレライの力が強制的に封印術をこじ開けようとしている。
「落ち着け、深呼吸をしろ。その力を制するのだ」
(師匠…)
優しい口調の裏に潜む、僅かな嘲笑。これくらいの力すら制御できないのか、と。
それに気づいたルークの胸を、寂しさにも似た感情が満たした。
その一瞬の隙に、ローレライはルークから完全に身体の制御を奪う。

「邪魔はさせぬ、栄光を掴む者≠諱c」

ヴァンにはルークの身体から、ふっと力が抜けたように見えた。しかしその口から漏れた言葉は、彼をルークの傍から飛び退かせるのに十分なものだった。
「何っ…!?」
片手に力を溜めたまま静かにヴァンを見るルークの瞳は、その左目だけが月明かりでもはっきりとわかるほどの金色。
ヴァンは大きく息を吸い、身構える。
「なるほど…まさかこれほど覚醒が早いとはな…一体ルークにどんな干渉をしたというのだ?」
ゆらり、と立つルークの腕が、ヴァンに向かって突き出される。
(やめろローレライ!ここで戦ってる場合じゃないだろう!)
このままでは船が巻き込まれかねない。しかしルークの焦りとは裏腹に、ヴァンは好戦的な構えでルークを見据える。
「!そうか…干渉ではなく…そこに居たのだな、ローレライ!」
何かに気付いたヴァンは、ルークに向かって剣を投げる。
身体を捻ってそれを避けたルーク―――いや、ローレライだったが、気づいたときにはその顔の前にヴァンの手が迫っていた。


「もう一度私のものになるがいい!ローレライ!」


流れ込んでくる、凶悪なまでの力。
先程ローレライが内側からやりかけたことを、今度はヴァンがしようとしている。
体内のフォンスロットが強制的に開くのを、ルークは意識の奥で感じた。
「封印術に隠れて気づかなかったとは、私としたことが…はははははは」
抵抗しようと、ローレライは船を巻き込むような超振動をヴァンに向けて撃とうとする。しかしそれに気づいた瞬間、ルークは全力でそれを押し止めていた。

何故止めるのだ!

ローレライの悲鳴のような共鳴と共に、体中の力が抜き取られていくのがわかる。そしてそれは熱い流れとなって、左目にあてがわれたヴァンの手のひらへ収束した。

「ああああああっ!!!」

焼け付くような痛み。眼球が抉り取られたかと思うほどの衝撃に、ルークは吼えた。
「もうお前の役割は終わりだ、愚かなレプリカルーク、よ…」
遠ざかる意識の中で聞いたのは、悲しいほど優しい響きで、ルークを突き放すヴァンの言葉。




「全ての兵を本人が気づかないまま眠らせるなんて、そんなこと…」
「しかし、そうとしか説明がつけられません」
「ティアの譜歌と似たようなものか?」
「兄さんなら…可能だわ」
声を抑えた話し声に、ルークの意識がゆっくりと呼び起こされる。
やがていくつかの足音が遠ざかったかと思うと、ドアの閉まる音が聞こえた。
(ここは…船室…?)
ルークにあてがわれた寝室。そのベッドの上にルークは横たわっていた。
靄のかかったような頭でその状況を認識するまでに、さらに時間を要する。
静寂が部屋を満たした。船体を波が叩く音だけが、パシャパシャと時折届く。
(何か…変だ…)
身体がだるいだけではない。
もう一度、ゆっくり目を開く。
違和感の正体に気づいたルークは、恐る恐る左目に手を当てる。その目は包帯で覆われているわけでもないのに、視界は半分ほどしかないのだ。
(まさか…)
今度は右目に手を当て、左目だけを開ける。そこには、星空のような薄青い闇が広がっていた。
「…!」
見えない?いや、そうではなかった。指先を近づけると、そこには確かに何かが見える。
きらきらと、ひらひらと、金粉のように揺らめいては闇に解けていく小さな光。
ルークはゆっくりと身体を起こし、立ち上がって壁にかけられた鏡を見る。
「っ…これは…!?」
ルークは目にした自分の姿に、上げかけた悲鳴を飲み込む。

鏡の中、その左の瞳は金色に変わり、そして虹彩には―――セフィロト内の装飾を思わせるような、円形の紋章が刻まれていた。




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