promised tune
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ジェイドがタルタロスを降りるように言ったのは、予定通りカイツールから丘三つ分ほど離れた場所だった。 見渡すと、少し先で道は二手に分かれている。ちょうどコーラル城へと向かう分岐点のようだ。 「これから、徒歩で一旦カイツールへ向かいます」 タルタロスが来ている理由をカイツールのマルクト基地へ説明しなければならない。 緊張状態の続くこの国境付近では、普段以上に慎重にならざるをえなかった。 「二手に分かれるってのはできないのか?」 「コーラル城で六神将が待ち受けている可能性は捨てきれません。戦力の分断は避けたいですね」 「そうか…」 一行はマルクト側の門をくぐり、潮風の匂いに満ちる軍港へと足を踏み入れた。 大佐という肩書きを持つジェイドと共にいるためか、兵士たちにも敬礼で迎えられる。身分の詮索をされることもなく、正式な旅券を持たないティアはホッと息をついた。 「マルクトの詰め所はそこの……どうしました?」 そのティアの足が止まっているのに気づき、ガイに施設の説明をしていたジェイドが振り返る。 ティアはぎゅっと拳を握り締め、険しい表情で前方を見つめていた 。その先にある影は、ガイも知っている人物のもの。 「総長…」 アニスの呟きに押されたように、いきなりティアは走り出す。その手に光るものを見たガイが慌てて後を追った。 「くっ…ティア…!?」 キン、と軽い音を立てて石畳に落ちたのは、ティアの投げナイフ。 突然の襲撃にも動じることなく剣の鞘でそれを弾いたヴァンは、再びナイフを持つティアにゆっくりと向き直った。 「落ち着け。ティア、武器を収めなさい。…お前は誤解をしているのだ」 駆けつけようとする兵士を片手で制し、ヴァンは優しいとすら思える声でティアに語りかける。 「誤解…?兄さんがやろうとしていることは、間違っているとしか思えないわ」 そう言いながらも、ティアの視線は自信なく宙を泳いでいた。 彼女が抱えている不安、そしてルークから聞いた未来。その中にあるヴァンの禍々しいとすら思える世界への憎悪は、目の前にいる兄≠ゥらは想像もつかない。 「やめてください、ティア。今僕たちがすべき事は争うことではありません」 静かなイオンの声に、ティアはようやくナイフを引く。追いついてきたガイや、さらにその後ろにいるイオンを見てヴァンが息を飲んだ。 「イオン様もご一緒とは…ガイ、ルークはどうした?」 「彼はコーラル城にいます。これから迎えに行くところですよ」 ガイが口を開く前に、そう言葉を挟んだのはジェイドだった。 「そうか。貴殿は…」 「マルクト帝国第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐です。タルタロスでルーク殿を保護しましたが、六神将を名乗る者の襲撃に遭い分断されてしまいました」 その言葉の端に、一片の嫌味が混じる。神託の盾騎士団の首席総長であるヴァンにとって、六神将とは部下であるのだ。 貴方の差し金ですか?とジェイドは暗に問いかけていた。 「六神将だと…?ルークは無事なのだな?」 驚いたように目を開くヴァンの表情からは、その答えは読み取れない。 「ええ、そう報告を受けています。責任もってお連れしますよ」 ジェイドの言葉にガイも頷くのを確認し、ヴァンはイオンに向き直る。 「ガイが行くのであれば、ルークのことは任せよう。…ではイオン様は私とお出で下さい。」 「いえ、僕もコーラル城へ行きます」 柔らかく、しかしきっぱりとそう答えたイオンに、呆れたようにヴァンは首を振る。 「あの城は今や廃墟となっているはずです。魔物が住み着いている可能性もある。あなたに万が一のことがあっては困るのですよ」 「今は全て説明している時間はありませんが…ルークが僕たちと離れてコーラル城へ行くことになった原因の一端は僕にもあるんです。行かせてください、ヴァン」 その横に進み出たアニスが、ヴァンに向かって敬礼の姿勢をとる。 「導師守護役、アニス・タトリン響長です。私も責任持ってイオン様をお守りします」 いつもなら反対しているはずのジェイドは何も言わない。ただじっと、観察するかのようにヴァンに視線を注ぐ。 「…わかりました、くれぐれもご無理はなさらぬように」 沈黙が続いた後、折れたのはヴァンのほうだった。 「ええ、気をつけます」 「兄さん!六神将は兄さんの命令で動いていたのではないの?」 ナイフをしまったとはいえ、ティアの声は未だ鋭い。溜息混じりにヴァンが返したのは、言い訳とも取れる言葉。 「確かにイオン様の捜索を命じたのは私だ。しかし…マルクト軍と交戦したなどという報告は受けていない」 「でも、彼らは…」 「ティア、今はそれよりもルークと合流することが先です。行きましょう」 ジェイドが指したのは、高く陽の上った天。 コーラル城まで行くには一旦タルタロスを置いた分かれ道まで戻らねばならないのだ。イオンを連れて行く以上、魔物の多く出現する夜までにはまたこのカイツールに戻って来なければならないだろう。 「…わかりました。」 とても納得したとは思えない口調だったが、ぐっと言葉を飲み込んだティアは踵を返す。その背中に向かって、ヴァンの言葉が響いた。 「私は船の準備をしておく。ルークが戻ってきたら宿屋で落ち合うことにしよう」 海から吹きつける風は大通りを真っ直ぐ伝い、ティアの髪を跳ね上げる。その陰に隠れて、彼女の表情は見えなかった。 |