promised tune


昨夜のうちに雨が降ったらしい。濡れた草花が朝日を受けてきらきらと輝いていた。
もう一度ルークを探しに行くというガイに従い、明るくなるのと同時に一向は身支度をする。

「げ、根暗ッタ!?」

宿の扉を開けた瞬間に声を上げたのはアニスだった。
「!…アリエッタ根暗じゃない!」
今まさに外からドアを開こうとしていたアニスと同じくらいの背丈の少女が、腕に抱いたぬいぐるみに顔を埋めるようにしてアニスを睨む。
「アニス?知り合いなのか?」
出口ををふさぐ形になったアニスを押しのけるわけにも行かず、ガイが後ろから声をかける。
「知り合いというかぁ…妖獣のアリエッタ§Z神将だよ」
いつもの調子とは少し違う、どこか冷たさの潜む声。六神将というその言葉に、ティアたちは思わず身構えた。
「この子が?それにアリエッタって、あのライガの…」
六神将が去った後、ライガが居たはずの牢はこじ開けられた大穴が残っているのみであった。ガイはアニスの頭越しに辺りを見渡すものの、人通りもない早朝の街には魔物の気配もないようだ。
何しに来たの、と目の前で腰に手を当てるアニスを睨みつけて、アリエッタは苛立った声を上げた。
「アリエッタがお話があるのは、イオン様。アニスは退いて!」
「どうせまたイオン様を攫いに来たんでしょ、アンタ六神将じゃん」
「ちがうもん!アニスのバカ!」
アニスの対応は刺々しいものの、どうやらこれまで刃を交わしてきた六神将たちとは雰囲気が異なる。ティアとの言い合い以上に一触即発の雰囲気に、イオンが溜息をついた。何も知らない者が見れば、妹たちのけんかを諌める兄のように思ったかもしれない。
「二人とも落ち着いてください。アリエッタ、話とは?」
まだドアの前から退こうとしないアニスと睨み合いながらも、イオンの言葉にアリエッタは素直に口を開いた。

「…ルークさん、コーラル城にいます」

「!」
ティアとガイが思わず顔を見合わせる。
「ママが助けるって言ったから、タルタロスに返そうと思ったけど…近づけなかったから」
「ルークは…無事なんですね?」
「はい…怪我はしてない、です。でも…封印術が…」
一同の視線を一身に受けて、もじもじと恥ずかしそうにアリエッタは言葉を紡いだ。
「封印術が…ルークに?何故譜術師でない彼が…」
ジェイドが眉根を寄せる。
「とにかく、迎えに行こう!」
「ガイ、落ち着いてよぉ。だいたい何で根暗ッタが知らせに来るわけ?罠かもしれないよ」
「そうね…でも、当てもなく平原を探すよりはいいと思うわ」
擁護するような言葉にアニスが頬を膨らませる。それに気づいたティアは慌てたように、「慎重なのは良いことだわ」と言い直した。
「あの…イオン様…」
「ありがとうございます、アリエッタ」
「イオン様…アリエッタと一緒に帰ってください」
イオンが微笑むと、ぎゅっとぬいぐるみを抱いたままアリエッタは泣きそうな声を出す。彼女はかつて、今のアニスのようにイオンの傍にいる導師守護役だった。それ故にイオンに対する思いは他の六神将とは異なるのだろう。
「すみません、僕にはまだやらなければならないことがあるんです」
ゆっくりと首を振るイオンに、アリエッタは悲しそうに俯く。その腕を掴んで連れて行くことも不可能ではないような、ごく僅かな距離。しかし彼女は動かなかった。
「もう!アンタみたいなのにイオン様を渡すわけないでしょ、根暗ッタ!」
「…今日は約束なので帰ります…でも、次は遠慮しない、です」
もう一度アニスに向かってバカ!と言い残し、アリエッタは背を向けた。大通りとは逆に足を向けると、右手を高く上げる。唐突に羽ばたきの音がしたかと思うと、大きな影―――グリフォンが彼女を掴み、あっという間に空の彼方へ去っていった。
「行ったか…苦手なんだよねー、あの子」
宿の入口に佇んだまま、アニスは深くため息をつく。一度部屋に戻ろうというジェイドの提案で、一行はぞろぞろと階段を上っていった。まだ寝惚け眼の宿の主人が、不思議そうな顔でその様子を見おくる。
「大佐、封印術とは?」
歩きながらティアが問うと、ルークの容体に関することとあってか、ガイも興味をひかれたように顔を上げた。
「封印術は、本来私やティアのように譜術を主に使用する譜術師の力を抑えるために開発されたものです。…今回の目的を考えると…」
「僕のため、でしょうか」
イオンが苦笑する。導師である彼のみが扱うことのできる、ダアト式譜術。それは並の戦士など近づく前に灰に出来るほど強力なものであるため、手荒なまねをせず連れて行こうと考えるなら封印術も有効な手段となるだろう。
「そのはずだったと思いますよ。開発には莫大な費用を必要としますから、おいそれとは作れません。」
「莫大なって…どのくらいですかぁ?」
アニスが興味を持ったのはその金額であるらしい。後ろ手に部屋のドアを閉めると、何故か揉み手をしながらやってきた。
「そうですねえ、ざっと国家予算の一割と言ったところでしょうかねぇ。」
「ひょえぇぇ…」
ジェイドがさらりと言い放った言葉に、アニスだけでなくティアやガイも目を丸くする。
「だからそんなものをルークに使うのは意外だと思ったんですが…」
「どうします、ジェイド?」
イオンが見上げると、眼鏡を人差し指で上げながらジェイドはカイツールの方角へ顔を向ける。
「コーラル城ですか。確か、カイツールの付近にある古城ですね」
ようやく落ち着いた様子のガイが、壁にもたれかかって天井を見上げた。
「あそこは…以前ファブレ家の別荘だったな」
ジェイドは壁にかけられた小さな時計に目をやる。その横の窓から飛び込んできた一羽の鳩が、ジェイドの肩に止まった。
「昼までにはタルタロスの再起動が完了します。ひとまずカイツールの手前まで行きましょう」
鳩の足につけられた小さな音機関を開いたジェイドが、そこに並べられた文字に目を細める。鳩は再びタルタロスの方角へと飛び去っていった。
「直接コーラル城へは行けないのか?…っと、そうか。あのあたりは国境だったな」
「ええ、さすがにこの状況では、国境の軍港にわが国の最新の戦艦で乗りつけるわけにはいきませんからね」
カモフラージュのしようもない、タルタロスの装甲。それは一つ間違えれば、マルクトからキムラスカへの宣戦布告とも捕らえられかねない。

「それにしても…コーラル城か…」

「何かあるのですか?」
ガイの溜息交じりの呟きがあまりにも暗く、ジェイドは不思議そうに片方の眉を上げた。
「いや…ルークが帰ってくる場所にしては似合いすぎてると思ってさ」
マルクト軍のダンナがいる前で言うのも何だけど、と頭を掻く。
「昔…もう七年ほど前になるか。マルクトに誘拐されたルークが発見されたのも、コーラル城だったんだ」
「誘拐?」
不穏な言葉に、部屋の空気が変わる。しかしジェイドは首を振って見せた。
「七年前ならば、私が知っていてもおかしくありませんが…なぜそれがマルクトの仕業だと?」
「さあな。俺も詳しくは聞かされてないんだが…それ以来アイツは屋敷から出ることを禁じられてたんだ。偶然とはいえようやく出られたと思ったら、またかと思ってさ」
「いくら彼がキムラスカの公爵子息だからといって、むやみに手を出すほどマルクトは馬鹿ではありませんよ」肩をすくめるガイは、ひょこっと目の前に現れたアニスの髪に驚いて数歩下がる。
「でもぉ、それって結局帰って来れたわけですよね?」
「そ、そうだな。でも…その時は、記憶を失っちまってた……今度は無事でいてくれよ、ルーク」
最後の呟きは、窓の外へ向けて。封印術がルークにどの程度影響を与えているのか、会ってみないことにはわからないのが気がかりだ。
「記憶、ですか…彼にはよっぽど縁のある言葉のようですね」
「……」
「イオン様?」
鳩の飛び去った空を眺めていたイオンが、大きく息を吸う。
「何でもありません。行きましょう」




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