promised tune


甲板へ上がると、行き交う警備兵にあまり手すりから乗り出さないようにと注意を受ける。
あたりの景色の過ぎ行く速度を見ると、そう急いだ道のりではなさそうだった。
方角からすると、タルタロスが目指しているのはカイツールであるらしい。ルークは風に当たりながら、辺りを見渡した。
少し離れた場所で、イオンとジェイドが何かを話している。
(…邪魔はしないほうがいいかな)
ルークに気づいたジェイドが何事かを言うと、イオンは頷いた。離れていくジェイドに背を向けると、ルークを見て微笑む。
「あ、悪い…話の邪魔をする気はなかったんだけど…」
「いえ。世間話程度のことですから、気にしないで下さい」
穏やかな表情ではあるが、その目元にはやはり疲れの色が見える。身体の弱いイオンにとって、長旅は決して楽なものではないだろう。
何を話すわけでもなく、二人は流れていく景色を見送っていた。
(イオンは、信じてくれたんだろうか…)
ルークの話を聞いても、イオンだけは何も言わなかった。ただじっと耳を傾け、時折驚いたような表情を浮かべただけである。
強い風に吹かれ、ルークの髪がバタバタと顔や腕に当たる。
(髪…切ろうかな)
昔の自分と決別したくて、決意と共に髪を切ったのはユリアシティの小さな庭だった。
もう一度切ろうかな、とルークが苦笑するのを不思議そうに見つめていたイオンが、ふと口を開く。

「……僕のことを、どこまでご存知ですか?」

「え?」
「先程のお話では、あなたは僕としばらくの間一緒にいたのだと…そう言っていましたね」
「あ、ああ…」
風にかき消されそうな呟き。負けまいと、イオンは大きく息を吸う。
「あなたはダアト式譜術を使うなと僕に言いました。でもあの譜術は代々ローレライ教団の導師が受け継いできたものです。使い方さえ誤らなければ、危険なものではない」
「それは…あの術は、使うと疲れちまうんだろ?」
「確かに、術者の力量が不足していれば肉体に大きな負担がかかります。でも…私がその術を使うなと止められていることは、教団の内部ですら知っているものは少ないのです」
医者に止められたのはマルクトで検査を受けてからのことです、とイオンは苦笑する。
「僕も…あなたのような人に会ったのは、初めてではありません」
「…!」
その言葉に、ルークはハッと身を乗り出した。
「未来を知っている≠ニ言った。まるで夢を見るように、同じ事を繰り返すのだと…」
「どこで…会ったんだ?」
(それってまさか、アッシュのことじゃ…)
ルークの問いに、イオンがゆっくりと顔を上げる。その目を見て、ルークは言葉を飲み込んだ。

「その人は…僕を憎んでいました」

「え?」
瞳の中。胸を満たしていた淡い期待が凍りつくほど、それは悲しく虚ろな光だった。
「僕が、その人の全てを奪ったからです。」
「イオン…」
「そう、その名前も。顔も、声も、地位も、能力も…その存在の全てを…」
あなたにはその意味がわかるのですね、とルークに問いかける。
(オリジナルの…イオン…)
ルークがうなだれるようにゆっくりと頷くのを確認して、イオンは深く溜息をついた。
「彼は全てを知っていた。けれど何度繰り返しても、自分の寿命を変えることはできなかったんです」
「俺と、同じ…?」
繰り返す世界。その度に、自らに降りかかる死を避けようとオリジナルのイオンは足掻いたのだという。
「僕には、彼のすべてを受け継ぐことが求められました。話し方も、癖も、譜術も…」
一つ一つ覚えていく度、まるでその命まで奪っていくかのようにオリジナルのイオンは死に近づいていった。
『今度こそ…お前が必要なくなるような世界になると思ったのに!』
生まれた≠ホかりのイオンが最初にかけられた言葉。導師イオンとしての存在を持続させるための手段として作られた、代替品に過ぎないのだと教え込まれた。
「そうやって望まれるがまま生きてきた。それしか…できなかったんです」
ルークには、イオンの悲しみが痛いほど理解できた。自分が誰かの場所を奪って生きていると言う苦しみも、それでもそこにしか自分の居場所はないという心の叫びも。
「あなたは、導師イオン≠ノ何を望んでいるのですか?」
イオンの言葉に潜む戸惑いに、ルークは首を振った。
「そうじゃない…俺は別に、オリジナルのイオンとか、導師の立場とか、そんなものを必要としているわけじゃないんだ…」
確かに世界の平和のためには、マルクトとキムラスカの和平条約は欠かせない。さらに預言のない世界を目指すならば、ダアトの協力も必ず必要になってくる。しかしイオンをそのための道具として扱うと言う考えなど、ルークの頭の中にはなかった。
「俺にとってイオンはイオンだ。誰かの代わりとかじゃなくってさ」
(こっちだけ知ってるってのも、ややこしーな…)
「俺がイオンを助けるのは、仲間だと思ってるからだし。…まあ、イオンにとっては良く知らないヤツがそんなこと言ってても、信じにくいかもしれないけど」
「ルーク…」
どう伝えたら良いのか。頭をかくルークをイオンは驚いたように見ていた。
「だからまぁ何て言うか、その…無理すんなよ」
「…ありがとうございます」
ふっと笑った顔は、もういつものイオンだった。

「ルーク様ぁ!もう、置いて行っちゃうなんて酷いですよぉ」

「うわっ?ああ、悪い悪い…」
どすん!と後ろから抱きつかれ、ルークは思わず裏返った声を出した。
「ホントはもっと色々案内してあげたかったんですけど〜大佐がそろそろ話の続きをしたいって」
「そっか。わかった…行こう、イオン」
「はい」
「そういえば、ティアは?」
「大佐と何か難しそうな話をしてましたよ。ミュウの音素がリングで増幅して、とか」
ティアには部屋を出るときに、居眠りを始めたミュウを預けていた。嬉しそうに膝に乗せていた姿からすると、ずっとそのまま部屋にいたのだろうか。
「ん…?」
船内に入る階段を下りようとして、ルークがふと空を仰ぐ。
「…雨でも降りそうな雲だな…」
タルタロスの進行方向、先程まで眩しいほどの青空が広がっていたその地平には、沸き立つような灰色の雲が姿を見せていた。




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