promised tune





「何するんだ、アッシュ!」
「………」
ルークは自分が今見ている光景を信じられなかった。
アッシュの伸ばされた腕、その手に握られている剣の切っ先が、迷いなく自分に向かっていることを。
冷たい瞳でルークを見つめるアッシュの顔に表情はない。
その剣を受けようと自分の剣を抜くと、右肩に鋭い痛みが走る。
「っ…この腕じゃ…無理かな」
振り下ろされるアッシュの剣を、左手だけで握った剣ではじき返す。
剣どうしがぶつかる鈍い音。衝撃で掌がじんと痺れる。
(前にも、あったっけ…)
こうしてアッシュと、お互いに剣を向け合った。
しかしそれはどちらが強いのかを確かめるための戦いであり、お互い命まで奪おうとはしていなかった。
片手だけで激しく剣を打ち合う。
「アッシュ、やめろ!」
でも今回は違う。
アッシュはルークを殺そうとしているように思える。
ルークの呼びかけはアッシュに届いていないのだろうか。
表情一つ変えることなく、アッシュは再び剣を構えた。
「なんで…なんで今アッシュと戦わなきゃいけないんだ…!」
ためらいの無いその太刀筋は以前にも増して鋭く、対するルークの刃はアッシュを傷つけまいと鈍い。
防戦一方のルークは徐々に傷だらけになっていく。
(くそっ…!)
「アッシュ…どうしたんだよ!」
「違いますの!アッシュさんじゃありませんの!」
…ク、ルーク!
途切れ途切れの呼びかけが、直接頭の中に響く。
「アッシュじゃない…?どうなってるんだ…?」

やはり奇妙なことだ…塞いだはずの回路が繋がるとは

(ごちゃごちゃ言ってないで今すぐ俺の身体を返せ!)
困惑する間にも、その切っ先はルークを狙って繰り出され続けている。
突然、頭上で轟音が鳴り響く。
度重なる超振動の衝撃に、建物が耐えられなかったのだろう。
地響きとともに崩壊を始める天井、大きな瓦礫が次々と広間に落ちてくる。
一際大きな瓦礫――――床が落ちると、そこから光が差し込んだ。
細かく砕けて雨のように降り注ぐステンドグラス。
咄嗟にリグレットの下りてきた階段を駆け上がろうとするルークの前に、アッシュが立ちはだかる。
「生き埋めになりたいのかよ!」
瓦礫を間一髪で避けながら叫ぶ。
なおも切りつけてくる剣をなんとかはじき返すが、徐々に左手にも力が入らなくなってきているのを感じる。
下から思い切って切り上げる。
アッシュは難なくそれを避けるが、その時落下してきた瓦礫がアッシュの肩に当たる。
ルークはその隙にアッシュの横を抜けるが、すぐ振り返る。
「っ…アッシュ!」
よろめき、階段から落ちかけたアッシュの服のすそを咄嗟に掴む。
俺なんて気にしてるんじゃねえ!いいから逃げろ!
しかしアッシュは腕を振ってルークを払いのけ、また体勢を立て直す。
ついい階段まで崩れだし、ルークは慌てて外へと飛び出す。
そしてルークを追ってアッシュもまた外へと飛び出していった。
「うわっ!」
頬のすぐ横を刃が掠める。
ルークの肩の上で、ミュウが怯えたような声を上げた。
「ローレライさん、やめてくださいですの!」
「ローレライ!?アッシュ…ローレライに操られてるのか!?」
…そういう事だ。おいルーク、手加減していないで腕でも足でも切り落とせ!
「できるわけないだろそんなこと!」

そうか、この共鳴…お前が増幅させているのだな、聖なる獣(チーグル)よ

ミュウの着けているソーサラーリングに刻まれた文字が、淡く輝いている。
アッシュは――――ローレライはミュウを掴み上げると、思いっきり放り投げた。
「ミュウ!」
「みゅううぅぅ〜〜!?」
ルークが手を伸ばすが、高く投げ上げられたミュウには届かない。

聖なる獣(チーグル)を害すことはしない。この場から遠ざかって貰ったのみ

ミュウは気を失っているようで、抵抗する様子もなく落ちていく。
あのままでは地面にたたきつけられてしまうのではないか。
自分もいっそ飛び降りようかとルークが思ったとき、下から聞きなれた声がした。
「何だ?ミュウか!?」
聞こえてきた声に、ルークの表情が輝く。
「ガイ!」
なおも向かってくる剣先をよけながら覗き込むと、建物の下にミュウをキャッチしたガイがルークにむかって手を振った。
「待たせたな、って…おいアッシュ、何してるんだお前!」
(くっ…)
ルークにその剣を向けているアッシュの姿に、ガイが険しい表情になる。
「アッシュさんじゃないですの…ローレライさんがご主人と戦ってますの…」
「何だって?」
ガイの掌の上で、気がついたらしいミュウはふるふると頭を振る。
「おいミュウ、俺を…ルークのところまで連れて行けるか?」
普段はルークのみの為にその力を使っているミュウだが、そのルークの危機とあっては断る理由もない。
「頑張るですの!みゅううぅぅうういんぐぅぅぅ!」
ルークたちは斜めになった柱を登り、砲台の上へと進んでいく。
その後ろを追うべく、ミュウは必死にガイを高台へ引き上げる。
「くそっ…早いな」
ガイが全速力で走っても、小さく遠ざかったその姿はなかなか近づいてこない。
「先回りするべきか?」
高いところからならば、二人がどちらへ進もうとしているかがわかるかもしれない。
ガイはただ追うのを止め、より見晴らしの良い場所を探して砲台の上へ上っていく。
その時、一際大きな揺れがエルドラントを振るわせた。
轟音とともに、島の下でレプリカのセフィロトが稼動を始める。
そのエネルギーはすぐに島を取り囲むリングに伝わり、島を浮かせようとする。
しかし今この島は斜めに浅瀬に刺さった状態。まっすぐに浮くことができず、リングの力をもてあましたエルドラントは激しく揺さぶられることとなった。
立っていられないほどの揺れ。
「うわっ…!!」
ガイはバランスを崩す。そして手を突こうとした先の壁が、突然足元とともに崩落した。
「なっ!?」
「みゅうぅぅぅ…!」
悲鳴にルークが振り返る。
視線の先で、ミュウとともに、浮上しようとするエルドラントから落ちていくガイの姿。

心配ない。聖なる獣(チーグル)の力ならば、この高さであっても十分助かることは可能だ

「ガイ!ミュウ!」
崩れる砲台へと駆け出そうとしたルークの肩を、アッシュ――――ローレライが掴んで引き止める。
それがアッシュの意思ではないことはわかっている。
しかし同様にアッシュを傷つけるために剣を振ることは、今のルークにはできなかった。
(俺…アッシュのことが大好きだもんな)
自分をルークと呼んでくれた。
それは本当ならアッシュのものであったはずの名前。
家も、家族も、名前も全て奪われて、それでも自分を受け入れてくれた。
アッシュがいたからここまで来れた。
そしてこれからの世界をアッシュとともに見るために、今ここにいる。
一緒に帰るんだ、アッシュと。
ルークはひたすらアッシュの剣を狙う。
(やめろローレライ!勝手に人の身体を使うんじゃねえ!!)
壁際に追い詰められたルークは身体をひねろうとするが、肩の痛みに一瞬遅れる。
眼帯をしている左目は死角。
「うわぁあっ!」
その眼帯が、アッシュの剣に引っかかるように切り裂かれる。
「く…」
額も少し切ったらしい。
流れてくる血で前が見えないルークに、アッシュの剣が迫る。
「っ…!!」
近づいてくる剣先を咄嗟に跳ね除ける。
アッシュの剣が宙を舞い、硬い音を立てて石の床に落ちる。
これでアッシュには武器がない。
ここで自分の剣を振り下ろせば、アッシュを傷つけてしまうかもしれない。
その一瞬の迷いに。

さあ、今こそ還る時だ。一つに―――――

ドスン、と全身の体重を掛けてアッシュがルークの胸を突く。
「あ…」
ずるり、と壁を背にルークが崩れ落ちる。
その胸には深々と、ローレライの剣が突き刺さっていた。
「ルーク!」
アッシュの叫び。
「アッ…シュ?」

なぜだ…なぜ鍵のみが…
もう私が一つの存在に戻ることは叶わないと言うのか…?

一転してうろたえたようなローレライの声が二人に響く。
ルークの身体が淡く光っていた。
瞬くように、明滅を繰り返す光。そのたびにルークの身体の向こうに、寄りかかっている壁の模様が透けて見える。

聖なる焔の光(ルーク)よ…何故…

「うるせぇ!何でもいいから、こいつを死なせるな!聞いてるのか、ローレライ!」
アッシュがルークの頬に手を伸ばす。
「アッ…シュ…?」
「っ…」
アッシュの顔が歪められる。まるで泣き出しそうな子供のように。
「戻った…?ロ、レライは?」
喋ろうとして咳き込む。ヒュウヒュウと苦しそうな音がルークの喉から響く。
「黙ってろ。くそっ…」
アッシュがギリギリと唇を噛む。
自分の目の前で。自分の手で、ルークを…
治癒出来る者がいないこの状況では、剣を抜くことすらできない。
「なあ、アッシュ…やってみたいことが、あるんだ…」
ルークの瞳は、まだ何かを諦めていない。
アッシュはルークの小さくなっていく声を聞き逃すまいと、顔を寄せる。






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