promised tune
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ふっと大きく息を吐き、ノエルが目を開ける。 左腕に走る痛みに思わず顔をしかめる。 すぐ横に倒れ込む人影。鼻をつく血の臭い。 「ひっ…!?」 何とか体を起こし、周囲を見回して絶句する。 ガイの気合いとともにまた一人倒れる。 ノエルを守るように全ての兵士を動けなくすると、ガイは大きく息をつく。 「ガ、ガイさん…この人たちは…」 「わからない。そこから出てきたと思ったら、いきなり襲いかかって来たんだ」 浅瀬に落ちたエルドラントにむけて、まるで手を差し出すように伸びる砂嘴。 その先端から、橋のように砲台と柱の一部が道を作っている。 「ルークさんは!?」 「あの中だ…無茶してなきゃいいんだが…」 音素乖離により透けたルークの指先を思い出す。 「まさかあんなことに…」 「何かあったんですか?」 「いや、大丈夫だ。大丈夫…」 苦しそうに呟くガイに、ノエルが意を決したように告げる。 「ガイさん、私ならもう平気です。どうか…ルークさんのところへ」 「いや、他にも兵士がいるかもしれない。アルビオールも今は飛べそうにないしな…」 「連絡機が使えれば、兄にアルビオール3号を飛ばしてもらえるかもしれません。2号をここにおいたままにするのは…悲しいですけど」 ノエルが思ったよりもしっかりしているのを確認して、ガイは頷く。 「わかった。ありがとう、ノエル」 *** そこがかつて自分が生まれ、そして家族を失った街であると気付き、ガイは呆然と立ち尽くしていた。 「ホド…?」 幼かったとはいえ、自分の家やよく歩いた道は覚えている。 ふらふらとした足取りはいつの間にか早足になり、やがて駆け出していた。 「……!ここは…!」 見覚えのある屋敷。 扉を開ける。玄関、応接間、台所、食堂…今にも家族が顔を出しそうなほど、それは記憶どおりの光景だった。 「うっ…ぐ…」 唐突に吐き気を覚え、ガイは外へと駆け出す。 木の根元に膝をつき、うずくまって咳き込む。 「なぜこんなものを…!」 『いつかこの世界に、故郷を―――ホドを蘇らせましょう』 確かに、ホドの復活を望んだ。 そのためにヴァンにも手を貸した。 でも、見たかったのはこんな光景じゃない。 ガイは顔を上げる。 ガルディオス家の屋敷に程近い、道場を併設した屋敷。 それが、ヴァンの生家。フェンデ家だ。 「あいつなら…」 ユリアの代からの繋がりを持つ両家は何かと顔を合わせる機会が多かった。幼い頃ヴァンの私室にも行った覚えがある。 これだけこのホドにこだわっている彼であれば、かつての自室に何かを残している可能性は高い。 フェンデ家の屋敷の門をくぐる。 玄関のすぐ横の階段を、地下に下りた先。 「!!」 鍵のかかっていなかった扉を開けて、ガイは絶句する。 金属を引っかくような耳障りなノイズ、そして血の臭い。 すぐ足元には老人が倒れ伏していた。 「おい!…だめか…」 たしか、ベルケンドで目覚めたときに自分の傍にいた男ではなかったか。 既に息はなく、その身体は温もりを失おうとしていた。 「そんなに前じゃない…か…」 恐らくルークがこのエルドラントに入った後のことだろう。 まだ誰かいるのかもしれない。 ガイは警戒しながら部屋の中を見回す。 部屋はガイの記憶と異なり、たくさんの音機関が溢れかえっていた。 ベッドがあったはずの壁際には、大きなモニターと何かの操作パネルのようなものが設置されている。 しかしモニターは割れ、パネルはバチバチと火花が飛ぶほど壊されていた。 ノイズの広がるモニターの、くもの巣のようなひび割れとその中央に開いた穴。 「銃痕…?」 床には足を引きずりながら歩いたような血の跡。 その先には扉があり、さらにこのエルドラントの奥へと続いているようだった。 この扉にも見覚えはない。 「ここもただの壁で…何か絵がかかっていたっけ」 それが何の絵であったのかは思い出せない。ヴァン自身が描いたものだったろうか。 ガイは大きく息を吸い、決心したようにその扉を開いた。 人の気配のない廊下にはひんやりとした空気が漂っている。 敷き詰められた赤い絨毯。しかしそれよりもっと赤黒い血が、道しるべのようにしみ込んでいる。 優雅な彫刻の施された階段の手すり。通り過ぎていくいくつもの扉。 廊下を抜け、屋上に続く階段を上ると、目の前に明るい光が満ちた。 目の前に広がる空は、いつの間にか夕暮れの色に染まっている。家々の純白の壁がオレンジの光を反射し、ホドが一日でもっとも美しいといわれる時間。 「これが…ホド…」 幼かったがゆえに、街の全景などガイの記憶には残っていない。 これが、自分の生まれた街。 ガイは記憶に焼き付けておこうと、街を見渡した。 継ぎ目が浮かないよう工夫され滑らかに張られた石畳には、馬車が良く通る場所だけ磨り減った跡がある。 通りに並ぶ家々の壁、街中の建物は白い漆喰で塗り上げられ、夕暮れの日差しを受けて輝いている。その白い壁と調和するように、緑豊かな木々や鮮やかな花が植えられ、街の印象は華やかだ。統一感のある街並みは、この街が計画的に作られたことを示している。 しかしフォミクリーによって無理やり蘇らせたこの島を取り囲む砲台などは、もちろん元々のホドにはなかったものである。 街の端は不自然に途切れ、一部は砲台や壁と融合しているようにも見える。そして街の中央の塔を支えるように、周囲から塔に向かって伸びる柱。 その大きな柱の根元と砲台がすぐ近くにある。 「ルークは…どこにいるんだ」 足元の血の跡はまだ続いている。 さらに先に進もうとしたとき、突然激しい振動がガイを襲った。 「うっ…!?」 いや、ガイだけでなくエルドラント全体が震えているようだ。 地下から突き上げるような衝撃に、ガイはバランスを崩す。 柱や砲台の何処かが崩れたのだろうか、石の塊がガラガラと音を立てて降ってきた。 そして、断続的に続く破壊音。 「何が起こってるんだ…?」 見上げると、繋がった柱までを巻き込むようにして塔がゆらゆらと大きく揺れている。 ついに耐え切れなくなったのか、柱のいくつかが塔からはずれ、地響きを立てて街に倒れこむ。 まさかその下にルークがいたりはしまいか。 「ルーク…無事でいろよ…」 ガイは祈るように呟いた。 |