promised tune
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「エクスプロード!」 吹き上がる激しい炎と爆風に、真紅の髪がバタバタとなびく。 黒く焦げ付いた扉を剣の柄で叩き、アッシュはいまいましそうに舌打ちをした。 「くそっ…ここもだめか…」 譜術の灯りに照らされた部屋は眩しいほどに輝いている。 磨き上げられたような白い床、白い柱、壁もまた鈍く光沢を放つ白い石でできている。 そして一際荘厳なのは、扉を守るように両脇に配置された美しい彫刻。 翼を持つその女神は穏やかな微笑を浮かべ、アッシュを見下ろしている。 「俺をこんなところに連れてきてどうしようってんだ」 アッシュは段差に腰掛け、深く溜息をつく。 疲労感で身体が重く、腕も足も思うように動かない。 (生きてるだけでも不思議なくらいだ…無理はできんな) 胸に手を当てる。目の前に現れたガイに―――ガイのレプリカに背中から胸まで刺し貫かれたように思ったが、身体にそんな傷はない。 ただ意識化でルークと邂逅したときとは違い、服はあちこちが汚れ、破れている。 (ヴァンが生きていたか。それとも…) エルドラントで何かをしようとしているものが他にもいるのか。 アッシュは部屋を見渡す。 「ローレライ、聞こえているんだろう。いいかげん出てきて説明したらどうだ」 二つの扉はどちらも硬く閉ざされている。 前に閉じ込められた時は、部屋の中央に扉を開くための仕掛けがあったはずだ。 乗り続けていなければまた閉じてしまうという、かなり意地悪な仕掛けでもあったが、それでも開けることは出来た。 しかしこの部屋の中央に似たような模様はあるものの、アッシュがそれを踏んでも何も起こらない。 「ちっ…」 操り人形のように、ローレライの意思どおりに動かされていることにいい気がするわけもない。 自分はただ、見ることの適わなかった『その先』の世界を見たいだけなのだ。 あの時自分がエルドラントで死ななければ、どうなっていたのか。 予言から解放された世界は、自分の生まれた国はどう変わっていくのか。 そして、ルークが… 「ルークが…?ふん…くだらないことを考えるようになったな、俺も」 気になるか、聖なる焔の礎(アッシュ)よ 頭の中に響いた声は、どこか皮肉めいていてアッシュの神経を逆なでする。 「何を考えている、ローレライ。俺をここに連れてきた意図は何だ?」 かつての師匠は、決着を望んでいた。 面と向かって剣を交え、その上でなお勝つつもりでいた。 揺らぐことのない絶対の自信と信念。 だからアブソーブゲートから自分を連れ出し、ここに閉じ込めたのがヴァンの意志だとは思えない。 これまで唯一私を―――片方とはいえ解放することができた場所がここだからだ 「ハッ、第七音素の集合体であるお前が験を担ぐ?笑わせてくれるな」 「そもそもヴァンは死んだはずだ。なのになぜレプリカのホドがある?」 死してなお残るものがある。人の、遺志は―――時に何よりも強く他の人間を動かすものだ そう、二千年も前に残された彼女の言葉にいまだ従おうとする人間がいるように。 ローレライの声が暗く響く。 近づいてきたようだ 「何?」 突然目の前の景色が一変する。 (これは…アルビオールか…!) 特徴的な、なめらかな曲線を描く大きな窓 操縦席とその後ろに並ぶ椅子を覆うその窓のおかげで、操縦席はとても開放的な明るさに満ちている。 晴れ渡る空とは裏腹に、風に翻弄されガタガタと揺れる視界の端に、操縦席に必死の表情でしがみつく少女の姿。 自分の意志とは無関係に、視線は横に移動する。 窓の向こうに浮いているのは見覚えのある島だった。 レプリカのフォンスロットによって空に浮かぶ島――――エルドラント。 そして窓に映りこむ、エルドラントをまっすぐに見つめる瞳と、赤い髪。 「ルーク!」 思わず叫ぶが、アッシュの呼びかけに対する反応はない。 呼びかけても無駄だ。お前達のチャネリングによる共有ではなく、音素障壁のエネルギーを利用してその視界を一方的に覗き込んでいるだけなのだから アッシュやルークと同じ音素振動数を持つローレライにとって、呼びかけを遮ることは容易い。 ルークはローレライの力で視界を共有していることにすら、気付いていないのだろう。 「ルークさん、駄目です!これ以上近づくと音素障壁に巻き込まれる恐れがあります!」 荒ぶる風に舵を取られないよう、操縦席にかじりつくようにしてノエルが叫ぶ。 エルドラントを包むようにきらきらと輝く粒子が目の前にある それは一見美しいが、目に見えるほど濃度の高い、吹き荒れる音素の壁。 プラネットストームの力を利用して発生させているこの障壁は、その向こうに浮かぶエルドラントを堅く守っている。 「みゅぅぅ…揺れる、ですのぉぉ…」 怯えたようにミュウがルークの肩にしがみついた。 近づけば近づくほど、肌がぴりぴりするようなエネルギーを直に感じる。 ガタガタとアルビオールが振動する。 (アッシュ…いるのか?ここに) アッシュが消え、エルドラントが現れた。 これがアブソーブゲートでのヴァンとの戦いの延長線上にあることならば、そこにアッシュがいる可能性は高いとルークは考えていた。 しかしまさに今、そのアッシュが視界を共有してルークと同じ光景を目にしていることには気付かない。 (行って…確かめるしかない) それでも、これ以上ノエルまで危険に巻き込むことは出来ない。 「わかった…一旦離れよう」 「はい!」 アルビオールの椅子にどさっと腰を下ろし、ルークは頭を抱えるようにして溜息を突いた。 予想はしていた。いや、半ば確信もしていた。 それでも目の前にすると、やはり驚きを禁じ得ない。 「近づくことすら出来ないなんて…」 悔しそうにノエルが呟く。 「プラネットストームを止めないと…」 だが、プラネットストーム停止のための会議は今まさに行われているところである。 停止させてしまえばエルドラントのみならず、二千年の間このエネルギーの奔流の恩恵を受けてきた世界中の音機関に影響を及ぼすのだ。 宝珠があればプラネットストームを停止できることが分かっていても、勝手に止めてしまうわけにも行かない。 「ノエル、バチカルへ向かってほしい」 「他の方と合流なさるんですね?わかりました!」 アルビオールの窓の外にはまだ、エルドラントが優雅にも見えるその姿を浮かべている。 窓枠に手を掛けた瞬間だった。 ルークの指先が一瞬淡く光り、その向こうの窓が透けて見えた。 「…!」 ぎょっとして手を離す。次の瞬間、元の見慣れた自分の手に戻っているが、覚えのあるこの感覚。 掌にじんわりと汗が滲む。 (俺の身体の音素が…乖離しかけてる) 「ご主人さま…ご主人様の音素が、なんだか弱いですの…」 ミュウが心配そうに覗き込む。 「しーっ。ミュウ、このことはまだ誰にも言うなよ」 「みゅぅ…はいですの…」 まだ大丈夫だと思っていた。 少なくとも、ローレライをこの身体に留めているうちは、第七音素の乖離は起きないと考えていたのに。 それともこれが、ローレライと自分がまだ同化していない証拠なのだろうか。 「ルーク!」 ローレライを通してその様子を見たアッシュも、思わず動揺していた。 「どういうことだ…」 エルドラントから離れていくルークに、アッシュは強く呼びかける。 「邪魔するんじゃねえ、ローレライ!おい、ルーク!答えろ!」 ルーク! 「…!!」 ルークがはっと顔を上げる。 ギィン、という鋭い耳鳴り。 「ってぇ…」 (…!アッシュ!アッシュか!?) 他にこんな呼びかけが出来るやつがいるわけないだろうがこの屑! (へへ…だよな。良かった…どこにいるんだ?) ……エルドラントだ (やっぱり…待ってろよ、すぐ助けに行くからな!) 無茶するんじゃねえ!自分の音素乖離をまず心配しろ! 答えはない。 「ルーク!…ルーク!?」 唐突チャネリングが切断され、アッシュの目の前にはもとのエルドラントの地下の光景が映っていた。 「チッ…全部掌の上で転がしてるつもりでいるのか?ローレライ!」 今の交信は予想外だ…直接の共鳴は抑えていたはずだが…ふむ… 「どうしてあいつが音素乖離を起こす?ローレライを取り込めば安定するんじゃないのか?」 ――――傷により失われた第七音素を補充する程度のことならばたやすい 特に純粋に第七音素で形作られたレプリカであればなおさらのこと。 しかし…お前達の言う音素の乖離とは、身体を構築する音素の分母自体が減っていくこと。お前に手をもう一本生やしてやることはできないように、始めから無かった事≠ノなってしまったものについて、創り足すことはできない いずれ聖なる焔の光(ルーク)の身体は音素乖離に耐えられず崩壊するだろう 「何だと…」 お前達が大爆発(ビッグバン)を起こすのであれば、それでも良かった その力はこの鎖を断ち切り、分かれた私をも再び一つに戻すだろう だが恐らく、それは起こらない… 「なら何故まだ俺達に解放を望む?方法があるからだろう?」 ルークが無理をすればするほど、音素乖離の速度は増す。 燃え尽きていく蝋燭のように、灯火の勢いが強ければ強いほど、早く。 苛立ちのまま、アッシュは目の前に扉に剣を叩きつける。 ガツン!と鈍い音が周囲の壁に反響する。 聖なる焔の礎(アッシュ)よ、失われてしまう前に必要なのだ…鍵が… 「人を駒扱いしやがって…元々お前の願いなど知ったことじゃないが、いい加減嫌になってきたぜ 」 今やお前達が、鍵 「あいつは俺のものだ。誰にもくれてやるつもりなどない。お前にもだ、ローレライ」 聖なる焔の礎(アッシュ)よ 「いいからとっととここから出せ!このくだらないレプリカを動かしているのがヴァンだろうと誰だろうと、切り捨ててやる!」 |