promised tune
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*** ルークはベルケンドの空を仰いだ。 雨が降りそうというほどではないが、どんよりと暗い空。 シェリダンに比べれば肌寒いくらいの気温である。 シェリダンが技術者の街だとしたら、ここは研究者の街だろう。 立ち並ぶ研究所の壁越しに、低い唸り声のような音が絶えず響いてくる。 どこの研究所にもたくさんの音機関があり、その間を縫うように研究者が歩いていく。 『血液検査と音素検査のデータを整理するまで少し時間がかかります。一時間ほどしたらもう一度来てください』 ルークの検査をした医師はそう言って、くるりと背を向けてしまった。 仕方なくルークは検査の結果を待つ間フォミクリーの研究所を訪れようと、金属で舗装された道をカツカツと音を立てて歩く。 「第一音機関研究所…だったっけ?」 手にはジェイドに頼み込んで書いてもらった紹介状と、ナタリアのサインのある紹介状。 この二つがあればこの街の大抵の研究所や医療機関に入れるのだから、権力って凄いんだなと今更のように感心するルークだった。 ふと手元から前に視線を戻す。 研究所のあるブロックを結ぶ橋の手前に、ぼんやりと佇む人。 身なりからして商人のようだ。 「え…?」 ルークがその横を通り過ぎようとした瞬間、ぐらりとその男の身体が傾く。 「お、おい…大丈夫か!?」 どさっという重い音を立てて地面に突っ伏した男を、ルークは慌てて抱き起こす。 倒れたときにぶつけたらしく鼻血が顎へと流れていくが、男はピクリとも動かない。 「どうした!」 「おい、誰か倒れたぞ」 その様子を目撃していた人々が集まってくる。 「こりゃぁ…駄目だな、脈がないぞ」 「さっきまで立ってたんだろ?まだ間に合うかもしれん」 「誰か手を貸してくれ、近くの病院に運ぶぞ!」 騒ぎを聞きつけて近くの研究所から出てきた人々とともに男を介抱し、やがて男は病院へと運ばれていった。 「またか…」 「また?」 ルークが聞き返すと、呟いた研究者風の男が慌てて頷く。 「あ、ああ、最近突然倒れるやつが多いんだよ。流行り病ではないってことだが…こうも続くと、明日はわが身かと怖くて仕方がねぇや」 どこかで聞いたような現象に、胸の奥がざわつく。 集まってきた他の人々にも話を聞くと、やはり最近同じような突然死が流行っているらしいと答える。 死にはしないまでも、突然倒れ長い間動けなくなってしまう人もいると。 「突然倒れて……まさか…」 確かめなければ。ルークは慌てて医師の元に戻る。 「血液検査は問題ありませんでした。瘴気の残留もこれ以上ひどくならなければまあ、大丈夫でしょう」 「そっか…ありがとうございます」 「ただ…音素の結合度がかなり弱いのが少し気になる。これまで音素乖離を起こしたことは?ない?そうか…君は見たところ特に病弱ってわけでもなさそうだけど…無理は禁物だよ」 「はい。あの…さっき外で、突然倒れた人を見たんですが…」 ルークの話に、医師は苦い顔をする。 「突然?またか…最近よくそういった話を聞くね。ここの研究所の職員にも何名か居るようだ。幸い命を取り留めたけれど、まだ病棟に入院しているというが…」 「それは…その人に会って話を聞くことができますか?」 「どうだろうね。容態が安定していれば可能かもしれないが…あまり患者に負担は掛けたくない」 「だけど…もしかしたら、原因が分かるかもしれないんです」 「………わかった、ただし僕も一緒に行くし、話しをするのが無理だと判断したらそこまでにしてもらうけど、いいね?」 「はい。お願いします」 薬品の臭いが鼻を刺激する。 小さな待合室を抜け、磨き上げられた廊下を入院用の棟へと進む。 「調子はどうだい?」 医師が入っていくと、ベッドに身体を起こした男が本から目を上げる。 「ああ、先生…今日はなんとか起き上がれるくらいにはなったよ」 窪んだ目、こけた頬。 およそ健康には見えないが、初老の男はそれでも嬉しそうに無精ひげに囲まれた口元に笑みを浮かべる。 「それは何よりだ」 「こうしてゆっくり本が読めるのも久々だからな、いい機会と思ってないと…」 そういってしおりをはさみ、本を閉じる。 「で、どうしたんだい?何かの検査かい?実験かい?俺でできることなら協力するがね」 俺も研究者の端くれだからね、と言いながらも、時折男は咳き込む。 「まだ体調が優れないところ申し訳ないんだが、倒れる前に何があったのか、思い出したことがあれば話してもらえないかね」 「倒れる前、か…港に船に乗せる荷物を届けに行ったところまでは覚えてるんだがな…」 もしかしたら夢だったのかもしれないんだが…と前置いて、男は首をひねりながら話し出す。 「その時俺は、こっちの研究所に居るのかと思ったんだ。ほら、実際に人体投与をして薬品の最終試験をする部屋があるだろ、いくつかベッドが並んでて、薄暗い感じの」 「なるほど」 「隣に誰か立っててな。俺にはあれは…スピノザに見えたんだが…まさかそんなはずはないし」 「スピノザ…って、フォミクリーの研究をしている?」 思わず口を挟んだルークを、驚いたように見上げる。 「なんだ、君は彼を知っているのか?しかしスピノザは、いまどこにいるかわからないんじゃなかったのか」 「そう…なんですか」 スピノザはフォミクリーに関する資料を大量に持ち出して逃亡中だという。 「機密事項も含まれていたんじゃないかって噂だからな。他の街に手配書を配るって話もあったみたいだが、どうなってるんだろうな」 自分達で言った事ながら、信じられないなと言う態度の研究者達。 それを聞いてルークはこの突然死がレプリカ情報を抜かれた際の副作用であると確信する。 「倒れた人たちは、レプリカ情報を抜き取られたかもしれない」 病室を出たルークは医師にそれを告げるが、彼は難しい顔で首を振る。 「何を言っているんだ。生体のレプリカ生成は禁止されているだろう」 レプリカ情報を抜き取るためには、いったん第七音素を対象に注入しなくてはならない。 しかし大抵の人は別の音素を受け入れるだけの許容量を持っていないため、体調を崩すだけでは終わらず、そのまま死にいたる場合も多い。 「でもその可能性が高いんだ。だから、もし、何かその影響を中和する方法があれば…」 「うーん…にわかには信じがたいが…バチカル王家の紹介状を持ってきた君の言うことでもあるしなぁ…第七音素の検査をしてみて、必要であれば中和剤を手配しよう」 「お願いします!」 顔を上げたルークの頭上で、重い雨雲が空を押しつぶしていた。 |