promised tune





「もー、イオン様!どういうことなんですかぁ?ダアトとの伝書鳩役なんて、初耳です!」
ドアから半分だけ顔を出し、使者が帰ったことを確認したアニスが振り返って不満げな声を上げる。
「って、えええぇぇぇ!?」
その目に映ったのは、二人のイオンだった。
「アニス、声が大きいです」
しーっ、と人差し指を唇の前に立てるポーズをされて、アニスは思わず自分の口を手で押さえた。
「イオン様が二人っ!?」
「へへへ。僕、いいって言われるまでベッドの下に居たんだよ」
そう言って、ベッドの横に立っているほうのイオンが笑う。
その口調と笑顔は、同じ顔のはずなのに彼をずっと幼く見せていた。
「アニスには気付かれるかと思っていましたが…雨音のおかげで気配が隠れていたのでしょうね」
ベッドに半身を起こしているイオンも笑う。
「フローリアン、こっちはアニス。僕の大切な…仲間です」
「イオン様…」
「僕はフローリアンだよ!」
無邪気に笑うフローリアンを見て、アニスも笑う。
古代イスパニア語で、無垢な者≠示すその言葉は、目の前にある笑顔にぴったりだと思った。
「でも、これってやっぱり…フローリアンって…総長が作った、イオン様の…?」
アニスはそこで口ごもる。
本人の前で面と向かってレプリカだとは、もし本人がそれを知っていたとしても言いにくい。
「アニス、君に伝えなければならないことがあります」
イオンは大きく息を吸った。
シーツの端をぎゅっと握り、一言一言噛み砕くように口にする。
「フローリアンは、導師イオンのレプリカです。そして…」

―――僕もまた、作られたレプリカの一人に過ぎないんです。

「え…?」
イオンの横でフローリアンが小さく頷く。
アニスの戸惑いを写したように雨はその勢いを増し、窓をバタバタと雨粒が叩く。
イオンはその窓に背を向けて、アニスに向き直る。
困ったような、悲しいような表情。
その視線はアニスよりも、さらに遠くの何処かを見ているようだった。
「被験者(オリジナル)のイオンは、アニスが導師守護役となる少し前に死亡しています。その後はずっと…僕が代わりを務めてきました」
アリエッタの導師守護役解任も、その入れ替わりを気付かれないようにするため。
「そんな…イオン様が…」
「これまで騙していて…すみませんでした」
アニスがゆっくりと首を振る。その動きはどんどん激しくなり、あまりに勢い良く振るので、しまいにはそのツインテールが自分の顔面をムチのように叩き付けてしまう。
「はうぁっ!」
「…アニス?」
「アニスだいじょうぶ〜?」
「もう!そんなことどうでもいいんです!」
拳をぎゅっと握って、アニスが叫ぶ。
確かに驚いた。
それにルークたちのことを知らなければ、もっと戸惑っていたことだろう。
それでも。
「私にとって…イオン様はイオン様なんですから」
本物かどうかなんて、どうでもいいのだ。目の前にいる彼がアニスにとってはイオン様≠ナあり、それ以外ありえないのだから。
アニスの瞳に、またじわじわと涙が浮かぶ。
「アニス…ありがとうございます…」
そう言ったイオンの声もかすれている。
フローリアンがにこにこと頷きながら、イオンとアニスの頭を同時に撫でる。
「えへへ…フローリアンって、イオン様の弟みたい」
ルークとアッシュのように、同じ顔でも表情一つで全く違って見える。
「うん、弟だよ!」
外は雨。しかし部屋の中で笑う三人には、暖かな日差しが差し込んでいるようだった。
「アニス…フローリアンを、ナム孤島へ連れて行ってもらえませんか」
「ナム孤島って…パパ達のいる?」
アッシュがダアトから救い出したタトリン夫妻は、イオンとともにナム孤島――――漆黒の翼の本拠地にかくまわれていた。
「そうです。アニスのご両親になら、安心して預けることができます」
イオンは深く溜息をつく。
「先程聞いたとおり、今ダアトは混乱しています。万が一ユリアの予言を遂行したいと考える派閥にフローリアンがとらえられてしまった場合、無理に惑星予言を詠まされてしまうかもしれない」
かつてヴァンやモースがパッセージリングへ続く扉を無理にレプリカ達に開けさせたように。
しかし惑星予言を読むことは、身体に大きな負担をかける。
フローリアンも一度はザレッホ火山に廃棄≠ウれた身だ。イオンに比べ、何かしらのレプリカとしての欠陥があるのだろう。
そんな状態で無理に惑星予言を詠めば、命を失いかねない。
アニスの両親は保守的な信者ではあるが、彼らの元ならば教団の各派の影響は少ないだろう。
「そうならないまでも、ダアトでは僕の身代わりとして使われてしまう可能性が高いんです」
この世界情勢が落ち着くまではフローリアンを預かってほしい。
「本来ならば僕が直接頼みに行くべきだとは思うんですが…今はまだすぐに動ける状態ではありません。アニス、お願いできませんか」
肩を落とすイオンに対して、アニスは片手を腰に当て、もう片方の人差し指を顔の前で振ってみせる。
「私はとにかく、イオン様がこれ以上無理とか無茶とかをしなければいいと思ってるんです!だから…約束してください。もう一人で無茶しないって」
「…はい。無茶をするときは、アニスが一緒のときにしますね」
「イ〜オ〜ン〜様〜!」
「雨止まないね。僕、晴れてるほうが好きだな」
二人の横で雨粒の流れ落ちる窓を眺め、フローリアンが頬を膨らませる。
「ええ。空が暗いと人の心も暗くなりがちです。予言が詠まれなくなったことで、このグランコクマでも多少の混乱が起きているようですし…。特に最近、瘴気の発生を疑い予言を求めてローレライ教団の施設の扉を叩くものが多いとか…」
「えー?瘴気なんて…出てました?」
アニスは眉根を寄せる。
大地降下とともに封じ込められた瘴気は、簡単には地上へ出てこないのではなかったのか。
「お医者さんは新しい病気かもって言ってたよ?」
大地降下の混乱で行方不明になっていた者の中に、遠くの町で目撃されるものや見つかったものの数日で衰弱して死亡してしまう例が後を絶たないという。
「理由が分からないことが一番怖いのでしょう。予言があることで安心するという気持ちは良く分かりますが…まずこれが僕らが乗り越えなければならない壁の一つなのでしょうね」
その時、三人ともハッと顔を上げる。
街中に鳴り響く、耳障りな警報。
窓の外、降り止まない雨の中を叫び声と足音が行き交う。
バタバタと走っていくのは兵士達のようである。
「イオン様!これからグランコクマの警戒レベルが最高まで引き上げられるそうです」
ノックもなく扉が開き、驚きに裏返った兵士の声がイオンたちに降りかかる。
「警戒レベル最高って…戦争でも始まったわけ?」
アニスの声も上ずっている。
「何が起こったんでしょう…」
雨を縫うように、遠くから爆音が響いた。





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