promised tune
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*** 水上の帝都グランコクマは雨に濡れていた。 細い糸のような雨が絶えず天から降りてきて、舗装された道にいくつもの水溜りを作る。 グランコクマ港にアルビオールが入ると、アニスは濡れるのも構わず雨の中をイオンのいる軍の医療施設へ向かって走り出していった。 「困ります、色々な容態の方がいらっしゃるんですから、もう少しお静かに…」 戸惑ったような看護師の声を引き連れて、バタバタと近づいてくる足音。 病室の前に控えるマルクト兵士が、何事かと身構える。 『神託の盾(オラクル)騎士団導師守護役所属アニス・タトリン奏長です!』 『は…はっ…』 『面会許可ももらっています!ほら!』 『しょ…少々お待ちください』 雨の音もものともせず、扉越しに聞こえるやり取り。 イオンはくすりと笑って、ゆっくりとベッドの上に半身を起こした。 ノックされたドアから困惑顔の兵士がイオンに面会を告げる。 「僕は大丈夫ですよ。通してあげてください」 「イオン様ぁ!」 そのドアを破らんばかりに、揺れるツインテールが飛び込んでくる。 しかしイオンの姿を目にした途端、それまでの勢いが嘘のように立ち止まり、ぽつぽつと頼りない足取りでベッドへと歩み寄ってきた。 「アニス…元気そうで、何よりです」 微笑むと、大きく見開かれたアニスの瞳にみるみる涙が溜まっていく。 「イオン様…イオン様、イオン様ああぁぁぁ…」 ただ名前を呼ぶばかりで、言葉にならないアニスの瞳から、大粒の雫がこぼれ落ちる。 「心配掛けてすみませんでした、アニス」 「うえぇぇぇん!もう、ホントに、ご無事で、良かった、ですっ…ぐすっ、うううう…」 ベッドに突っ伏すようにして泣きじゃくるアニスの背を撫でる。 もう会えないかもしれないと覚悟していたと言えば、また怒られてしまうだろうか。 再びノックの音が響く。 「失礼します。導師イオンに、ダアトより使者がいらっしゃっています」 ダアトから使者が来ると言う連絡は数日前に受けていた。 告げられた名前に、イオンはアニスが少し落ち着いたことを確認してから扉の前にいるマルクト兵に頷く。 「どうぞ」 「イオン様、ご療養中失礼いたします」 入ってきたのは、ダアトの中でも導師派と呼ばれる改革的な一段の中心メンバーの一人だった。 モースを筆頭とする大詠師派に軟禁されていたイオンをマルクトへ逃がした人物でもある。 「今…ダアトは混乱しています」 イオンの勧めた椅子を断り、彼は大きく溜息をついた。 実質それまで教団を動かしていたモースを失い、ダアトは混乱しているらしい。 「一般の信者達の混乱はトリトハイム様がなんとか抑えてくださっていますが、教団内部の混乱は増すばかりです」 大詠師派だった一部の勢力が離反し、神託の盾(オラクル)騎士団の一部とともにどこかへ消えてしまったと聞く。 しばらく前、マルクトが国内での予言の廃止を宣言した。 教団を否定するものではないが、今後マルクトの国内では一切の予言を行わないものとする、と。 同じ頃キムラスカも、予言は選択肢の一つであり絶対ではないと言う見解を国王が明言している。これまでの生活の基準がひっくり返るような両国の宣言は人々に少なからず混乱をもたらした。 「これまで我々は…人々は予言を心の拠り所としてきました。大詠師派のように予言に忠実でさえあれば良いとまでは言いませんが、これほど急な変革は不安をもたらしています。迷える人々の選択肢として予言は残すべきではないのでしょうか」 今はまだ決定的な廃止を明言していないキムラスカも、今後マルクトと同様にすべての予言を廃止する可能性は高い。そうなれば、ローレライ教団の影響力は極端に低下してしまうのではないか。 憂う男に、イオンは柔らかに微笑む。 「僕は、予言のない世界も見てみたいと思っていますよ」 「イオン様…」 「そんな顔をしないでください。教団がこれまで予言を守ってきたことを否定するつもりはありません。でも、仮に予言が無くとも、教団が人々の心の支えになることは可能なはずです」 「し、しかし」 「ユリアの教えは、予言だけではなかったでしょう?」 男は暫く下を向いて考えていたが、やがて何かを吹っ切ったように大きく頷く。 「ではせめて、ダアトへお戻りください。教団を立て直すためにはイオン様がいてくださらなければ…ダアトには医療専門の譜術士も多くおりますし、イオン様が療養するためのお部屋を新たに用意することも出来ます」 急な提案に慌てるのはアニスである。 「ちょっと、イオン様はまだ動けないからここにいるんですよ?無理をさせるなんてありえないと思うんですけど!」 「落ち着いてください、アニス」 椅子から勢い良く立ち上がったアニスを手で制し、イオンは静かに答える。 「僕もダアトへ戻るつもりで居ます。でも、アニスの言うとおり今すぐ動けるような状態ではありません」 「イオン様…」 「しばらくの間は、こちらのアニス・タトリン奏長にダアトとの伝言役をお願いしたいと思っています。早々にダアトに向かってもらいますので、あなたは先に戻ってダアト側の準備をお願いします」 「は…はい。わかりました…よろしくお願いします」 *** |