promised tune


次の日の朝。まだ通りの店も開かない時間に、ルークとティアは宣言どおりローズの家を訪ねた。しかし二人を出迎えたのは、ローズただ一人であった。
「ほら、この通りさ」
通された客間はがらんとしていて、目的のジェイドやイオンの姿はどこにも見当たらない。
紅茶の香りが立ち込める部屋でルークとティアは顔を見合わせた。
「大佐は昨夜急に帰るって言ってねぇ…あんたらが話があるなら、タルタロスまで来たらいいなんて言ってたけど…ありゃぁどこへでも動いて行っちまうだろうしねぇ。」
酷い人だね。そう言ってローズは豪快に笑う。
「また戻ってくるだろうとは言ってたから、しばらく待ってたらどうだい?」
差し出されたティーカップには、この村特産の紅茶が湯気を立てている。
考え込んだルークは、やがて何か思い出したようにハッと顔を上げた。
「あ、じゃぁイオン…様は?」
アニスの姿も見当たらない。ルークの問いに、ローズは腕を組む。
「そういや今朝はまだお見かけしていないよ…でもまあ、まだここに用事があるっておっしゃってたからねえ。出かけてたとしてもすぐ戻られるんじゃないかね。」
(チーグルの所だ…)
「…!ありがとうございます。俺、ちょっと探しに行ってきます」
言うが早いか、挨拶もそこそこに飛び出したルークを慌ててティアが追ったのだった。
「ルーク!?」
エンゲーブから見えている程度の距離にあるチーグルの森だが、走り続けるには遠い。
森の入口に着き、二人は肩で息をする。
「ティア、行こう!」
「もう、ちゃんと説明して…!」
何が何だかわからないわ、とティアはルークの目の前で腕を組んだ。
「辺りを見ずに走って迷ったらどうするの?そう大きな森ではないけど、魔物だっているのよ?」
知らない土地を無闇に歩くなというティアの指摘はもっともである。
「イオンが…ここにいるんだ」
「イオン様が?でも…どうして?」
「チーグルは…ローレライ教団にとって大切なんだろ?」
「ええ、確かに聖獣と呼ばれているし、教団のシンボルにもなっているけれど…」
それでも、ルークが焦っている理由がティアにはわからない。
「もしイオン様が来ているとしたら、導師守護役が一緒のはずよ。危険な目にあわせるはずはないわ」
昨日宿の前で出会った少女がそうであろう、とティアは推測する。
森へ分け入る小路を見ると、確かについ最近誰かが通ったような形跡があった。
「もし一人だったら…?」
ルークが呟く。
ぬかるんだ地面に残る足跡は、ひとつ。もちろん乾いた所を踏んで通ったためにそれ以外の足跡がつかなかったことも考えられるが、ティアは深く頷いた。
「…そうね、行ってみる必要はありそう」
(一人だったら…またあれを使うのか?)
思い返すのは、導師のみが使えるという強力な譜術。しかしそれは、体力のないイオンにとって自分の命を削って放つような、いわば両刃の剣でもあるはずだった。

「あれは…イオン様!?」

ティアの声に、はっと我に返る。
髪に絡まりそうな木の枝を薙ぎ払いながら進む二人の目の前に飛び込んできた光景は、灰色の大きな魔物に対峙するイオンの姿。
今にも飛びかかろうとする魔物に向けたイオンの手のひらに、ぼうっと淡い光が灯る。
(だめだ!)
「イオン、やめろ!」
「うわっ!?」
剣を抜く間もなく飛び込んだルークが、イオンの襟首を掴んで引き寄せる。
そして魔物との間に割って入った瞬間、鋭い牙がルークの背中を襲った。
「くっ…このっ!」
痛みに顔をしかめながら、ルークは腰に下げた剣を抜く。それはエンゲーブで買った安物ではあったが、屋敷から持ち出した木刀よりは攻撃力が増しているはずであった。
警戒するように唸り声を上げ、魔物はルークを睨む。
「痛ってぇ…!イオン、無事か!?」
「ええ…あなたこそ、傷を…」
「俺は大丈夫だから。もう、その技…使うなよ」
「え…?」
背中に庇ったイオンに声をかける。返ってきたのは、困惑したような声だった。
「はぁっ!」
気合いを込めて切りつけるが、切先をかわした魔物はルークの間合いに飛び込み、体当たりを仕掛ける。
思わず倒れこんだルークになおもとびかかり、その身体を組み敷いた。
「こ…のっ!」
力任せに切り上げた剣が、喉笛を噛み裂こうとしていた魔物の顔をかすめる。
「バニシング・ソロウ!」
耳障りな悲鳴をあげて飛びのいた魔物は、ティアの術に打たれ倒れ伏した。
「イオン様!ルーク!」
駆け寄ったティアが、起き上がったルークの背中を見て譜術の詠唱をはじめる。
噛み裂かれた服の下から、幾筋もの血が流れ出していた。
「じっとしてて。…ファーストエイド」
柔らかな光に包まれて、ルークはホッと息を吐き出す。
心配そうにそれを見ていたイオンが、思い出したように口を開いた。
「あなたたちは、昨日の…」
「ああ、俺はルーク。こっちはティア」
立ち上がったルークが自分たちを指すと、ティアが背筋を伸ばした。
「私は…神託の盾騎士団モース大詠師旗下、情報部第一小隊所属のティア・グランツ響長であります」
凛とした声と姿勢は、軍人としての訓練を受けた者であることを予想させる。
イオンは彼女を見つめて目を瞬いた後、大きく頷いた。
「あなたがヴァンの妹ですか。噂は聞いています。…お会いするのは初めてですね」
「は、はい…」
ヴァンの妹。その言葉にティアの肩が僅かに震える。ルークのほうを振り向いたイオンは、それに気づかなかったのかもしれない。
「ルーク殿、先程はありがとうございました」
「殿なんてつけなくていいって。俺もイオンって呼ぶから。…さ、チーグルのところへ行こうぜ」
「はい!」
ルークが笑うと、驚いた顔でティアが語気を強めた。
姿はまだ幼くとも、彼はローレライ教団の最高指導者である。
「ルーク、失礼よ。イオン様は…」
「いいえ、良いんです。呼び捨てで構いません」
そうしてください、と続けたイオンは、ルークの目を見て何かを言いかける。

「ルーク、あなたは…」

森の奥でけたたましく鳥が鳴いた。ハッと身を固くしたイオンは、続く言葉を呑み込んだように顔を上げる。
「…いえ、何でもありません。」
「イオン様、これ以上奥に行かれるのは危険です。町までお戻り下さい」
「ティア…すみません、僕はローレライ教団の指導者として、チーグルを助ける義務があります」
それがユリアの遺言なのだと言って、イオンはその場から動こうとしない。困ったような顔をしたティアだったが、結局三人で森の奥へと進むことになった。




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