promised tune


「すっかり夜ね。とりあえず宿へ行ってみましょう」
いつの間にか日は落ち、辺りは闇に浸っている。街灯のない道は、辺りの家の窓から漏れる明かりだけにぼんやりと照らされている。
二人の歩く小さな足音が響く。
宿屋の看板が見えたころ、ティアはふとローズの家を振り返り、首をかしげた。
「どうかしたのか?」
「ダアトからここまでは決して楽な移動ではないはずなのに…導師イオンがなぜこんな所にいらっしゃったのかしら?」
ティアがそれを口にすると同時だった。
「はぅあ!」
バタンと宿屋のドアが開く。そして中から勢いよく飛び出てきた少女が、その勢いのままティアの前を行きすぎると急旋回して戻ってくる。
「いまあなた、イ・オ・ン、って言いました?」
「え?ええ、そうだけど…」
目を丸くしてティアが頷く。
すぐ隣を歩くルークにも小さな声で聞こえたほどの言葉。それを宿屋の暑いドアの向こうから聞き取ったらしい。
(ど、どれだけ地獄耳なんだよ…アニス…)
ルークもティアと同じような表情で少女を見た。彼女もまた、ルークがよく知っている…仲間と呼べる人物の一人。
しかしやはりそんな記憶はルークにしか残っていないのだろう。ツインテールの髪をぴょこぴょこと揺らし、アニスはティアに確認する。
「それってそれって、私より少しだけ背の高い、ぼや〜っとした男の子のことですよね?ね?」
勢いに押され、ティアはこくこくと頷くばかりである。
「ローズさんの家にいたぜ、さっき」
「ホントですかぁ!もうあちこち探しすぎて足が棒ですよぉ」
そう口にする割には軽やかな足取りで、アニスはくるりとその場でターンした。
「あっりがとうございま〜す♪それじゃ!」
言い終わる前に、もう今ルークたちが歩いてきた道を駆け出している。ティアはまだ目を丸くしたままで、その姿を見送った。
「びっくりしたわ…」
「お?今日は千客万来だなぁ」
アニスが開け放ったままのドアから、宿屋の主人が顔を出す。
「っと、あんたたちか……さっきは悪かったな」
お詫びに今夜の宿代はいらない、とケリーはきまり悪そうに頭をかいた。
「ティア、明日の朝早くにローズさんのところへ行きたいんだけど…いいか?」
「ええ、かまわないわ」
「俺、ティアにも話しておきたいことがたくさんあるんだ。何か…自己紹介みたいになっちまうかもしれないけど」
ルークが頭を掻くと、ティアはくすっと笑う。
「そうね。でもそれはお互い様だわ、きっと」
ベッドに腰掛け、ふと窓の外を見る。闇の中で、風に揺られる木々の音がかすかにこだましていた。
(一日が…あっという間に終わるな…)
自分の置かれた状況をゆっくり考える暇もない。馬車に揺られ続けた身体はあちこちが軋むようで、薄い布団を被ればすぐに、心地良い眠りがやってきた。







海鳥の声と潮風の響く甲板に、赤い髪がなびく。
青い空を何も言わずに眺めていた彼の耳に、小さなすすり泣きが届いた。
それは風に負けそうなほど小さな小さな声。舳先に立つ少女の肩が、僅かに震えている。
その船に乗った誰もがそれに気づかないか、もしくは気づかないふりをしていた。
「放っておきなよ、アッシュ」
「……。」
声のする方へ足を向けかけたアッシュの背中に、シンクが声をかける。
焼け落ちた森の前に座り込んでいた彼女を連れ帰ったのは、同じ六神将のラルゴだったという。
(母親はライガ、か…)
いつだったか、ルークから聞いた覚えがある。チーグルを守るためには、殺さざるを得なかった哀れな魔物。その魔物に育てられたという少女。
今ならばまだそれを変えることができるのだろうか。
この世界が同じことを繰り返しているのかどうか、確かめる手段になるとアッシュは思った。
しかし状況はルークと繋がることができればわかるはずなのに、アッシュが回路≠開こうと試みる度に激しい頭痛と耳鳴りに邪魔をされる。
(お前の仕業か?ローレライ…)
未来を託すと言っておきながら、まるでアッシュの行動を制限するかのように頻繁に働きかけてくる力。
アッシュは深くため息をついた。

『ママ…どこ…?』

膨らんだ帆が風にたたかれて大きく鳴るたびに、その声は怯えたように消える。
近づいてきたのは、板を踏む足音。 少女の足元に身体を横たえていた獣が、耳を伏せて背中の毛を逆立たせた。




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