promised tune


「おやおや、何だい?みんな揃って…」
村の端に立つ、がっしりとした作りの大きな家。
質素ながら手入れの行き届いたこの家は、村の世話役のものだという。
そしてケリーが勢いよく開いたドアの向こうに、恰幅のいい女性がどんと立ちはだかった。
「今軍のお偉いさんが来てるんだよ。静かにしな!」
腰に手を当て、まるで悪戯っ子を叱りつけるような調子だ。
「でもローズさん、こいつが…」
さっきまでの勢いはどこへやら。ごくっ、と唾を飲むと、口をへの字に曲げてケリーはルークを指す。
「こいつら、漆黒の翼かもしれねーんだ!」
「違います、俺は何もやってないんですって!」
このまま犯人にされてしまってはたまらない。
ルークも真っ直ぐローズを見つめて、潔白を訴える。
「ローズさん、ケリーのところも食糧泥棒にやられたんだよ」
「もうこれ以上放っておけないぜ!」
「おい、押すなって…」
「ちょっとアンタ!仕事サボって何やってるんだい!」
「うへ…ちょ、ちょっと待てよ。今ケリーさんがさ…」
「漆黒の翼を捕まえたって?どこだ?」
「だから違うって!」
さらに入口から覗きこんでいた他の村人たちも、口々に自分の意見を言いはじめ…野次馬も含めると、かなりの騒ぎになっていた。
「いいから落ち着きな、みんなもだよ」
困ったねぇ、とため息をつくその後ろで、ティーカップを皿に戻す小さな音がする。
「漆黒の翼、ですか…」
すっと長身の男が立ち上がった。
亜麻色の髪。眼鏡の奥で細められる、紅の瞳。マルクトのカラーである青色の軍服に身を包んだ男は、ローズの頭越しに詰めかけた人々を見渡す。
「ジェイド!」
この状況を何とかしてほしい。
思わずルークがその名を呼ぶと、彼は驚いたように眉を上げた。
「おや?どこかでお会いしたことがありましたか?」
「あ、いや…そうじゃないけど…」
(ヤバかったかな…)
つい声をかけてしまったのは、彼の雰囲気があまりに記憶の中と同じだったから。
ここまで一緒に旅をしてきたというものの、まだどこかぎこちない態度になってしまうティアと比べると、ジェイドは違和感がない。
「ルーク、知り合いなの?」
「大佐のお知り合いなのかい?」
ティアとローズが同時にルークのほうを見る。それにつられ、村人たちもまた。
「残念ながら私の記憶にはありませんが。私はマルクト帝国第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐です。…あなたは?」
皆に注目され、どう説明したものかと必死で考えるルークを見て、ジェイドはふっと笑った。
「俺は…ルークと言います。こっちはティア。俺達、辻馬車を乗り間違えてここまで来ました」
「そうですか。あなたがどこで私を知ったのか気になるところではありますが…」
時間があればゆっくりお聞きしたいものです、と言いながらも、ジェイドは肩をすくめる。
「あなたが漆黒の翼でなければ、の話ですけれどね」
「そ、そうだ!こいつ、俺たちが食糧泥棒の話をしてたら漆黒の翼をかばいやがったんだ!」
「村の武器屋でいろんな剣を試し振りしてたぜ」
「絶対何か知ってるに違いねーよ」
「ほおう。それは興味深いですねぇ」
再び騒ぎ出すケリーたちを見渡し、ジェイドは楽しそうに笑った。
「大佐…面白がってる場合じゃないよ。どうするんだい?」
(ゲッ…このままじゃ、俺ジェイドに逮捕されるんじゃ…)
「ちょうど私たちも漆黒の翼には手を焼いていましてね。それでは、あなたが私を知っているという話の続きはぜひタルタロスで…」

「待ってください、ジェイド」

何かに押されるように、村人たちが道を開ける。
ルークには見慣れた姿だったが、ティアが隣で驚いたように息を呑むのがわかった。
「どうやら、犯人はただの食糧泥棒ではなさそうです」
入ってきた少年を見て、ジェイドは目を細めた。
「イオン様、どちらにいらっしゃったんです?アニスが慌てて飛び出して行きましたよ」
「すみません…少し気になったので、食糧倉庫を調べさせていただきました。」
ほほ笑んだその少年は、導師イオン。ローレライ教団の最高指導者にはとても見えない、幼さを残した顔だち。
こんなものを見つけましたよ、と言って、彼は手のひらからつまみ上げたものをそっとローズに手渡した。
動物の毛のような、ふわふわとした塊。
「おやぁ、こいつは…」
チーグルかい?とローズが呟く。
「ええ。おそらく食料を盗んだのはチーグルでしょう」
「何だって?」
「チーグルってあれか?森にいる…」
ざわつく村人たちは、ローズのひと睨みでぴたっと口をつぐむ。
「それじゃ、この人たちは何も関係なかったってことだね?」
一喝され、ケリーもルークとティアに頭を下げた。
ようやく笑顔を見せたローズが、ポンと手を打つ。
「さて、あたしは大佐と話があるんだよ。チーグルのことは何らかの防衛手段を考えてみるから、今日のところはみんな帰っとくれ」
あるものは妻らしい女性に引っ張られ、あるものは酒場を目指し、集まった人々はローズの言葉を合図にしたように散り散りになっていく。
「ほら、あんたたちもだよ」
「あ、待ってください!俺も大事な話があるんです」
「ルーク?」
部屋の奥では、イオンとジェイドが何事かを話している。
今にもそこへ駆け寄っていきそうなルークを、ローズは苦笑して押しとどめた。
「悪いねえ、今日のところは我慢しておくれ」
「でも…」
ティアがルークの服の裾を引く。
振り返れば、随分と神妙な顔をしている。ローレライ教団の一員でもある彼女は、イオンの邪魔をしたくはないのだろう。
「どんな話かは知らないけれど…そんなに急ぎの用事なの?」
小声で問いかけられると、ルークも小さな声で呟いた。
「あ、いや…どうなんだろう…」
ルーク自身、どう話を切り出せば良いのか迷っていた。
伝えたいことはたくさんある。聞きたいことも。自分のこと、世界のこと、そしてこの記憶のこと…
逡巡したあと、ルークはローズを見た。
「…わかりました、明日の朝また来ます」
「ああ、わかったよ」
ホッとした表情で言うと、ルークたちを押し出すようにしてドアは閉められた。




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