promised tune


エンゲーブは夕方になっても市場が並び、賑わっていた。
馬車から下りた二人の鼻に届いたのは、積み上げられた果実の香り。
そういえばティアの持っていた携帯食以外、昨夜からろくに食事もとっていない。
思わずルークの腹が鳴った。
「おっ、そこのお兄ちゃん、一個どうだい?」
籠の向こうから威勢のいい声がかかる。
売り物の整理をしていた主人は、持っていたリンゴをルークに向けて差し出した。
(リンゴの代金を払うって知らなくて…怒られたっけ)
ルークは苦笑しながら手を振ってみせた。
「あ、いや、…今ちょっと手持ちが…」
渓谷の魔物を倒して手に入れた資金が僅かにあるとはいえ、宿代を払うことを考えると余裕があるわけではない。
あれもこれもと買い漁るわけにはいかなかった。
「なんだい、こんな田舎まで来といて文無しかい?買付じゃなきゃ何しに来たんだい?」
「文無しってわけじゃないけど…家に帰る途中なんだ」
「家ねぇ。どこまで帰るんだい?」
上質な服を着ていながらお金がないというルークを不審に思ってか、果物店の主人は口を尖らせて質問を重ねる。
「えーと、キムラスカの、その…近くのほうまで」
「ふうん…」
まだ訝しげな表情ではあったが、大きく息をつくと再び売り物の整理を始めた。
「それじゃ大変だな、さっき聞いた話じゃローテルロー橋が落ちちまったらしい。しばらくあそこは通れないよ」
口を開きかけたルークは、通りをバタバタと駈けてくる男の姿を目にして動きを止める。
(あれは確か、宿屋の…)
通りに並ぶ店の間から、ひそひそとささやきが漏れる。
「おい、また食糧庫がやられたってよ。今度は宿屋だ」
「ええ?この間荒らされたばっかりじゃないかい?」
「ちきしょう!うちなんて倉庫をやられたんだぞ。大事な商品だってのに…」
「何かあったのかしら…」
ティアに促されて男の後を追う。
宿屋の前には、既に人だかりができていた。
「食糧泥棒、か…」
「薬草を買った時にも聞いたわ。被害にあっているのはここだけじゃないみたいね」
殺気立つ村人たちの姿に、ティアがため息をつく。
「今夜はここに泊めてもらおうと思ったのだけど…この状態じゃ…」
辺りは次第に暗くなり始めている。
このままこの騒ぎが収まらなければ、宿をあきらめて野宿になりかねない。
「ダメだ…全部やられてる」
倉庫から出てきた宿屋の主人が、がっくりと肩を落とした。
「くそっ、またか…いったい誰がこんなことを…」
「あいつらだ。漆黒の翼の仕業に違いねえ!」
そうだそうだ、と数人が声を上げる。
(そういえばあいつら、マルクトで何をしてたんだろうな…)
漆黒の翼と呼ばれる三人組の男女―――ノワールたちの姿がルークの脳裏を過った。
タルタロスに追われ、ローテルロー橋を落としていった馬車。
確かに彼らは盗みもすれば誘拐する。
迷惑極まりない話だが、しかし義賊を名乗る彼らが狙うのは、大抵の場合裕福な家である。
そしてこの食糧泥棒の正体は疑いをかけられている彼らではなく、ローレライ教団で聖獣として祀られているチーグルなのだ。
これが普段の行いの違いか、とルークは思わず苦笑する。それはいつだったかルークに向けて言われた言葉。

「…そんなに悪い奴らじゃないんだけどなぁ」

思わずぽつりとルークが漏らした言葉を聞き取り、隣に立っていた男がキッと睨みつけてきた。
「あ?兄ちゃんいま何て言った?」
「何か知ってんのか?」
続く被害に気が立っている男たちは、今にも掴みかかりそうな勢いである。
あっという間に村人たちに取り囲まれ、ルークは目を白黒させた。
「見かけない顔だな…まさか漆黒の翼の仲間じゃねーだろうな?」
「は?」
「ち、違います!私たちは何も…」
慌ててティアが馬車に乗り間違えたことを説明するが、なおも疑いの眼差しは消えない。
「ケリーさん、どうする?」
腕まくりまで始めながら問いかける男に、ケリーと呼ばれた宿屋の主人はギュッと拳を握って見せた。
「ここで言い合っててもらちがあかねぇ。おい、ローズさんの所に行くぞ」
「よし、お前らも来い!」
その場にいた村人たち全員が、一斉に村の奥の家を見る。
中には困惑したように顔を見合わせる者もいたが、ケリーをはじめ被害にあったらしき人々はルークを引きずらんばかりの勢いで歩き出した。
「わっ、わかったって、行くよ」
「…ルーク、何を言ったの?」
これじゃまるで犯人扱いだわ、と呆れるティアの声に、ルークは弱々しく答える。
「俺のほうが聞きたいよ…」
(なんでまた、俺が…)
しぶしぶ歩きながら、ふとルークは道の反対側に目を留めた。
ルークたちとは反対方向、宿屋のほうへ向けて早足で遠ざかる小さな姿。
ゆったりとした貫頭衣風の服に描かれた模様は、ローレライ教団特有のもの。
緑色の髪が風に揺れる。
(…!)
ドクン、と自分の鼓動がやけに大きく聞こえた。
顔は見えなかったものの、後姿には確かに見覚えがある。
思わず振り返ろうとしたルークの腕を、ケリーがつかんだ。
「おい、逃げたりしたら承知しねーぞ」
「違うって!知り合いがいたんだよ、今!」
「いいからさっさと来い!」
ルークは首をひねって彼の歩いて行った方角へその姿を探すが、行き交う人にまぎれてもうどこに行ったのかわからない。
辺りは静かな夕暮れ。道に伸びる影がもうずいぶん長い。
(イオン…)
ルークは大きく息を吸った。
しかしその名前は唇に乗ることのないまま、夕闇の中にため息とともに溶けていく。




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