promised tune



ガラガラと車輪が回る音を聞きながら、ルークはまどろんでいた。
馬車が石に乗り上げて跳ねる度、一瞬目を開ける。
頬杖をついた姿勢で眺める窓の外には既に陽が昇り、辺りの草原を眩く照らしていた。
景色が変わるたびに、声には出さないが強く想う言葉。
(アッシュ…アッシュ……やっぱり俺からの呼びかけじゃ、届かないのかな…)
同位体であるためなのか、アッシュとルークは声に出さなくとも直接言葉を届けることができる。
その力が強ければ、視覚や聴覚だけでなく相手の意識そのものに同化することも可能なのだが、レプリカであるルークはアッシュに比べその力が弱いようだった。
便利連絡網と呼ばれてはいても、アッシュからの言葉を受け取るばかりで、自分から発した呼びかけは滅多に届くことがない。
(聞こえてたら応えてくれ、アッシュ…)
広いルグニカ平野を馬車はひた走る。
まだティアは気づいていないのだろうか。ここがキムラスカではなく、マルクトの領地であるということを。
ルークがちらりと横目でうかがうと、ティアは俯いたまま目を閉じていた。
馬車の揺れにも姿勢を崩さないところを見ると、寝ているわけではないのだろう。
どこまでも似たような風景が通り過ぎる中、ほんの僅か空気が震えたように感じた。
(そろそろ、かな…)
記憶をなぞる。
ルークが深呼吸をした時だった。
「!!」
馬車が何かに追突されたように、急にがくんと揺れた。
「…何だぁ?」
裏返った御者の声。それをかき消すような低い地鳴りとともに、砲撃の轟音が響く。
(来た…!)
夢の中にいるような気分がようやく薄れてくる。
(本当に…この記憶と同じなのか?)
ルークがハッとティアを見ると、彼女は身構えたままじっと窓の外を見ていた。
その視線の向こうには、砂煙をあげて猛スピードで走る一つの馬車。そしてそれを追うように、巨大な船が陸を滑るように姿を表す。

『そこの辻馬車、道を開けなさい!』

砲撃に負けないほどの大音量で流れてきたのは、この馬車への忠告。
御者が慌てて路肩に馬車を止めた。
「ありゃぁ…漆黒の翼だな。ほら、昨日あんたたちと勘違いした、盗賊の一味さ」
ルークたちがやってきた方向へと駆け抜ける馬車。跳ね上げる砂がパラパラと窓に当たる。
そして追う巨大な戦艦の巻き起こす風圧で、すれ違う間に馬車は何度も傾いた。
あっという間に後方へ見えなくなってしまうその姿を見送って、ルークはぽつりと呟く。
「今の声…」
停止を促したあの声は、ジェイドのように思えた。いや、きっとそうなのだろう。
「どうしたの?」
思わず微笑んだルークを見て、ティアは不思議そうに首を傾げる。
「え?ああ、ちょっと知ってる人の声に似てたから…」
「おいおい、なんだかヤバそうな雰囲気だ。あんたら、しっかり馬車につかまりなよ!」
伸びあがって後方を眺めていた御者が、ルークたちに焦った声で告げる。
「まさか…橋を爆破するつもりなの?」
閃光と激しい震動。やがて、橋が落ちる轟音が響いた。
土煙が収まった頃には漆黒の翼の乗った馬車は影も見えないほど遠くへ去り、戦艦だけが落ちた橋のこちら側に佇んでいた。
爆破の直前に作動させた障壁のおかげか、船体には傷一つない。
川沿いにゆっくりと方向転換するその姿に、御者がため息をついた。
「驚いたね…ありゃぁマルクト軍の最新型陸上装甲艦、タルタロスじゃないか。いやあ、噂の最新兵器にこんなところでお目にかかれるとはなぁ」
「マルクト軍!?」
焦った声を上げたのはティアである。
バチカルへ向かっていると思っていた馬車は、グランコクマへ向かっているとようやく知ったからだ。
「…間違えたわ…」
「俺はかまわないって、ティア。次の…エンゲーブまで行こう。」
唇を噛みしめるティアを見て、ルークの胸にふと罪悪感が芽生えた。
話しておくべきだったんだろうか。
(ティアは…信じてくれるかな…)
言わなければならないことだと思う。自分にはこの先に起こること、未来の記憶≠ェあると。
それでも、まだルークにも信じられなかったのだ。
(…もう少し確かめてからにしよう。本当に、同じことが起こるのか…)
気がかりなことがあった。
同じような道をたどっているとはいえ、記憶の中の出来事と一番異なっているのはルーク自身の反応である。
何も知らず、とにかく家に帰りたいと当たり散らしていた自分。今考えるとずいぶん酷い言動だったように思う。
それまで真似をして、同じ迷惑をティアにかけるつもりはなかった。
では記憶の中の自分と違う言動をした時に、それでも結果は同じになるのだろうか?
(師匠が言っていた、世界の記憶…預言はどうあっても成就するって)
そう考え込むルークを見て、落ち込んでいると思ったらしい御者が、励ますように声をかけた。
「どうするかい?ここで降りてもいいが、どのみちローテルロー橋は落ちちまったんだ、エンゲーブまでは乗っていくかね?」
「…そうね、そうしましょう」
ため息交じりに吐き出された言葉。それからしばらく、ティアは黙って窓の外を見ていた。
平原にゆっくりと陽が傾く。
「…驚かないのね、ルーク」
独り言のような小さな呟き。
「ん?」
「ここはあなたにとって敵国なのよ?」
「そっか…そうだよな、今はまだ…」
「?」
キムラスカとマルクトの和平は結ばれていない。
知り合ったはずの人々も、まだ自分を知らない。
再び出会えるのかどうかもわからない。
「もう少ししたら、ちゃんと説明するよ。」
(俺にもよくわからないけど…でも信じてもらえるように、ちゃんと伝えよう)
同じように平原の地平を眺めながら、ルークは自分自身に言い聞かせるように言った。





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