promised tune





アルビオールのドックは夕方になっても職人達の喧騒に満ちている。ルークとガイが入っていくと、目の前でジェイドが鍛冶屋から受け取った槍を自分の腕にしまうところだった。
「ああ、来ましたか。しかし現在の修理状況は先程私がイエモンさんから聞いてしまいましたからね…この後宿で夕食を取るでしょう。ティアたちにも伝えたいですから、その時にあわせて話します」
「あ、ああ…」
ガイがジェイドの腕をじっと見ている。
「どうしました?」
「いや、改めて見ると不思議な光景だなと」
魔物との戦闘中に使用しているジェイドの槍は、普段ジェイドの右腕に同化する形で収納されている。一応の説明は聞いていたが、たいていほとんど見ていない間にその出し入れが行われているため、こうやって間近で目にすると人間の腕に無機物である槍が同化していく様子はとても不思議に思える。
「なあ…ジェイドって、それどうやってるんだ?」
ルークも首を傾げる。以前に聞いたような気もするが、譜術士としての知識を持ち合わせないとなかなか理解できないようだ。
「どうやって…ですか。融合させること自体は譜術の元となった元素と音素の違いを利用して融合させる技術の応用なので、そう珍しい方法ではありませんが…」
「いやいや、ジェイド以外にそんな風に武器をしまってる奴は見ないぞ。十分珍しいぞ」
ガイの言葉に、ルークだけでなく周囲の職人達も一斉に頷く。
「そりゃ危険ですからね。少し譜術の知識がある人間ならやろうとは思わないでしょう」
「え?」
「原理としては前に説明したと思いますが、コンタミネーションと呼ばれるものです。生物と無機物の元素の違いを利用することで融合を行い、私はそこからその違いをもう一度利用して融合させたものをまた分離できるようにしています。ただこの元々自分にない音素を融合すること自体が危険な行為なのですよ」
「危険って…どう危険なんだ?」
さらに問いかけるガイの額には汗が浮かんでいる。普段何事も冷静に分析するジェイドの口から危険≠ニいう言葉が出るからには、何か周囲に影響を与えるようなことなのだろうか。
「生物には拒否反応という現象があります。もともと自分の身体にないものが進入してきた場合、それを排除しようとする働き≠ニいえば分かりやすいでしょうか。例えば鼻に埃や水が入ると、くしゃみをするでしょう?」
「まーな。でも食べ物とかは自分以外のものだけど、拒否反応なんて出ないぞ?」
「食べ物は一度分解されて、エネルギーとして取り込まれますからね。しかしこういったものは、身体からしてみれば完全に異物≠ネわけです」
そう言いながら、先程しまった槍を取り出してみせる。
「確かに…これが自分の身体だって奴はいないと思うが…」
「ですからこういった無機物の融合に拒否反応が出てしまうと、体内であらゆる抵抗が起こった挙句、大抵は精神崩壊を招いてしまうんですよ」
「精神…崩壊…」
げっそりした表情のガイ。周囲で真剣に聞いていたドック内の技術者達も、心なしか腰が引けている。
「それって…ジェイドは大丈夫なのか?」
「もちろんその拒否反応を起こさなければいいわけですが…こればかりは素養に左右される部分が大きいと思いますね。譜眼と同じように」
その譜眼を制御するための眼鏡を、指先で軽く上げ直す。眼鏡がキラリと光ったように思えて、ガイは思わず目を見張る。
「つ、つまりは…ジェイドだから大丈夫≠チてことで、いいかな」
「…ひっかかる言い方をしますね、ガイ。まあ…その解釈で構いませんよ」
「そっか。いやぁ、勉強になったなぁ。ははっ、ははは…」
「もっと詳しい説明が必要でしたら、そうですね…朝まで時間をいただければ、まあ足りるでしょう」
「い…いやっ、結構、もう十分だ!あ、じゃあ俺は先に宿に行ってるからな!」
そう言って、ガイは逃げるようにドックを出て行く。後ろでは職人達が我に返ったように作業を再開していた。
「やれやれ…ルーク?どうしました?」
まだ首をかしげているルークに、ジェイドも目の前で同じように首を傾げて見せた。
ジェイドの講釈を聞いて、ルークにはひとつ思い当たることがあった。
「ああ…ローレライが、俺やアッシュがローレライの鍵と同化しているって言ってたけど、それもコンタミネーションってことなのかな?」
「…恐らくは。先程言ったようにこれは素養によるものがとても大きいのです。そして素養がある人であっても融合出来るものは限られる。相性の良いものでなければ、結局は拒絶反応が起こってしまいます」
ジェイドは表情を改め、ルークの目をまっすぐに見つめる。
「それに…あなたは聞いたことがあるかも知れませんが、大爆発(ビッグバン)という現象も、一種のコンタミネーションですからね」
かなり特殊なパターンではありますが、と言ってジェイドはその先を言いよどむ。
「ルーク、あなたは…」
大爆発(ビッグバン)の記憶があるのかと。
アッシュにも問いかけたそれは、ジェイドがフォミクリーの発案者としてどうしても気になっていたことだった。
これまで理論でしか語られていない大爆発(ビッグバン)は本当にあるのか。
あるならば、それは理論どおりだったのか。
しかしジェイドはその先を口にすることなく、ゆっくりと首を振った。
「いえ…何でもありません。これはあなたに問うべきことではありませんでした」
もしルークが大爆発(ビッグバン)を記憶の中で¢フ験していたとしても、それを答えとするべきではないのだ。
しばし、職人達が奏でる金属の打音と音機関の起動音のみが二人の間に流れる。
やがてルークがふっと息を吐き、誰に向けるともなく言った。
「アッシュが…アッシュが死んだとき…俺の中にアッシュの音素が流れ込んできたんだ」
温かい力。まるで自分にその力を貸してくれているように。
「でもアッシュの身体はまだそのままあって…すべてが融合したんだとは思えなかった。だから大爆発(ビッグバン)があるとしても、その前の段階だったんじゃないかな」
ただその先どうなったかは俺にもわからない、と。
力なく微笑むルークに、ジェイドが静かに問いかける。
「…少々デリカシーに欠ける話題になりますが、よろしいですか?」
今更という気もしますが。
そういって苦笑すると、ルークに傍らの椅子を勧める。
「俺なら大丈夫」
ルークが素直にその椅子に腰掛けると、ジェイドも机を挟んで向かい合うように座り、膝を組んだ。
「通常、生体どうしのコンタミネーションは拒絶反応が大きく、成功する可能性はほぼ無いと考えられています」
てっきり自分の経験について根掘り葉掘り聞かれるのかと思っていたが、予想しなかった切り出しにきょとんとした顔でルークが首を傾げる。
「ふーん…?拒絶反応って、どうなるんだ?」
「無機物の場合は主体となる生体に精神崩壊が起きます。生体の場合はさらに激しく、肉体の崩壊も伴うと考えられています。漆黒の翼から大詠師モースの変化の話を聞きましたが、元々自分に無い音素を取り込んだ際の暴走や肉体の変化、崩壊も拒絶反応のひとつですね」
「げ…」
大地降下作業のためにラジエイトゲートへ向かったイオンの前に、現れた人間とは思えない風貌のモース。
その場に居合わせなかったが、第七音素を無理に取り込んだ結果暴走したモースの姿は強烈で、ルークの記憶の中にも残っていた。
「また同化されるほうも、基本的に生きている間は自分の身体のバランスを保とうとする強い力が働くため、死んだ状態でないとそもそもコンタミネーションに至るほどの音素や元素の分散に至りません。」
歩いていたら腕や足がいきなり分解したなんて話は聞かないでしょう?とジェイドは苦笑いする。
「うん…」
「まあ万が一生きたままできたとして、音素と元素に解体された瞬間に普通は死にますけどね」
頷いていたルークの頭がぴたりと止まる。
「じゃあやっぱり俺、危ない状態だったんだな…」
ルークがユリアの姿を見たのは、ローレライに同調したためだ、とローレライ自身が言った。宝珠とルークが同化したため拡散しやすくなっていたルークを一度取り込み、再構築したのだと。
ジェイドの眉がピクリと跳ねる。
「宝珠の特性を利用…なるほど、同化しているためにそんな干渉の方法もあるんですね…」
ということは、と声に出さずその唇が何かを呟く。
「何だ?」
「いえ、特殊な条件化とはいえ肉体と精神の分離が可能という実例ははじめてです。興味深いですね」
ルークの問いかけには答えず、ジェイドは話を変える。
「ルーク、アルビオールの整備が終わったら、一度ベルケンドで検査をしてくることをお勧めします」
「検査?でも、別にどこも悪くなってないぞ」
ジェイドは首を振る。
「あなたは先日大地降下のためにパッセージリングを操作すると言う大変な作業を行いました。同じ事をしたイオン様が起き上がることができないほどなのに比べて、あなたは元気すぎます」
「元気すぎるって…」
ルークは苦笑して自分の身体を見下ろす。
「大丈夫だと思うんだけどな」
「ローレライを取り込んで以来、あなたの目が前にも増して力を持っていることはご存知ですね?」
ルークの眼帯の下の左目はローレライを受け取って以来絶えず光をたたえている。それを見せるとミュウが怯えるので、最近は寝るときまで眼帯をつけたままにしていた。
「その目…刻まれた模様は、私の譜眼に良く似ています」
「…!」
ジェイドはそっと眼鏡を外し、ルークに顔を寄せる。
「私の譜眼は、元々持たない音素を扱うためのものです。あなたの場合は第七音素を制御する力をさらに増すためのもののようですが…」
もちろん刻んだ譜陣は通常では見えませんよ、とジェイドは目を覗き込むルークに向けて肩をすくめる。
「譜眼は制御し切れなかった場合、音素の暴走を招き、コンタミネーションに対する拒絶反応よりも余程大きな被害を出すことがあります」
マルクトで禁術とされている譜眼を無理に刻もうとし、制御しきれずに死に至った例はいくつか報告されている。
「検査の結果何もないのであれば、それでいいでしょう。私が心配しているのは……完全同位体における、音素乖離が起こってしまうのではないかと言うことです。パッセージリング操作も譜眼も大変な負担のかかるものですから」
ルークはハッとして自分の掌を見つめる。
「私達はアルビオール3号機でバチカルへ向かう予定です。ルークはアニスとともに2号機に乗り、途中ベルケンドで降りるといいでしょう」
「そっか…アニス、イオンのところに行くんだよな」
(…ベルケンドなら、この世界で師匠がやろうとしていたことについて何か情報を集められるかもしれない)
頷くと、ルークは椅子から腰を上げる。
「じゃあ、俺も先に宿に戻ってる」
去り際、ジェイドが声を掛けた。
「恐らくアルビオールの整備が終わるのは明日になるでしょう。私の考えていることをまとめるまで、暫く時間をください」





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