promised tune





空が――――青い。

ルークは今、シェリダンに居る。
海に面した丘の上に、一際高くそびえ立っているロケット塔。
けっして広くは無い部屋の中は、そこかしこに置かれた音機関や道具のせいでさらに狭く見える。
はしごを上った先の最上階の、空を観測するための大きな望遠鏡と窓。その窓の前に座り込んで、水平線に向けて美しくグラデーションのかかった空を眺めていた。
光あふれる空は、大地降下によりこれまでよりも遥かに遠くなった。
風に乗り飛び回る鳥達はそのことに気づいているのだろうか。
その空に向けて、ルークは手を伸ばす。
ゆっくりと風に押されて流れ行く雲。
東の海の先。見えないほど遠いが、その先にきっとエルドラントがある。
(一体誰が浮かべたんだ?)
グランコクマをはじめ、ホド諸島を囲む海に面した港町で広まっていた噂話。島が浮いた≠ニ聞いてルークの脳裏に思い浮かぶのは、かつてアッシュと刃を交えたあの美しい廃墟だった。
栄光の大地(エルドラント)。
ヴァンがかつてそう呼んだのは、彼の生まれ故郷、ホドのレプリカ。ホド戦争の中で彼を実験体として引き起こされた、擬似超振動によって魔界へと崩落してしまった島。ヴァンは失った街を、島を、丸ごとフォミクリーの技術で蘇らせようとしたのだ。
人間一人のレプリカを作るのとは規模が違う。それを作成するだけでも大変な技術と、大量の第七音素を必要とするだろう。ヴァン以外の人物が作ろうと思い立つはずはない。
(でも…師匠が生きている…わけないよな)
もっとも、大地のレプリカ計画はヴァンが生きている間にすでに進められていたようだと、いつだったかジェイドが言っていた。ディストの研究にそんな内容があったらしい。
ルークは眼帯をつけた左目にそっと触れた。

『やってみるがいい。お前にどこまでできるのかを』

ローレライをルークに返すと、ヴァンは言った。
もし自分が生き延び、自らの手でユリアの予言に縛られない世界を―――レプリカの世界を作り出そうとしているのならば、莫大な第七音素のエネルギーをもたらすローレライを手放すようなまねはしないだろう。
ルークはかつてヴァンが瀕死の状態からローレライの力で命を永らえたことを思い出す。
でも今回彼はそうしなかった。

『私は諦めたわけではない。予言から完全に解き放たれた、新しき世界を…』

返すのではなく、託すと…そう言っているように思えた。
目の前の海はきらきらと日差しを反射し、穏やかな波が海面に顔を出した岩場を洗っていく。
レプリカの、新しい世界を作ったとして、そこでは全く同じように穏やかな波と光があるのだろうか。
しかしそれを実現するために今の世界全てを犠牲にしなければならないのならば、自分にはできないとルークは思う。
だから今…ヴァンの意志を継ぐ者がいるならば、止めなければ。
(確かめるためにはエルドラントに行くしかない。でも…)
ここシェリダンには、アルビオールを作ったドックがあり、古代の技術の再利用とはいえ世界で唯一の飛行機関を作り上げた技術者達がいる。
世界中を飛び回り、あちこちに傷を負ったアルビオールには修理が必要だった。
今どれだけ気持ちが急いても、ルークひとりの力では空に浮くエルドラントへたどり着くことは出来ないのだ。
(今は身体を休めるべきだって、それは皆の言うとおりなんだけど)
でも何かしていないと、焦りと無力感に押し潰されてしまいそうになる。
溜息をついたルークの、足のほうからむにゃむにゃと呟く声。
膝を組んだルークの足の間にすっぽりはまるようにして、ミュウが眠っている。
「もっと食べる…ですの〜…」
ルークの口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
「お前を見習わなきゃな、ミュウ」



***



「おっかしいな…さっきまで修理を見てたと思ったのに」
辺りを見回しながら、ガイがドックから外に出てくる。
海風とともに、道の上を、渦を巻いた黄土色の砂埃が渡っていく。
街のいたる所に音機関が無造作にも思えるほど設置してあるにもかかわらず、ここはベルケンドのように舗装され整備された街並みではない。おまけに、すぐ横の海からは塩分を含んだ風まで吹きつけてくる。
『砂ぁ?砂くらいで止まっちまうようなヤワな音機関なんて作ってられっかってんだ』
『潮風がどうした。そんなんじゃ海辺の町で動くような音機関は作れねーぞ』
職人魂あふれるシェリダンの音機関の数々。自他共に認める音機関マニアであるガイは、到着したときから子供のように輝いた目をして「あれは!」「これは!」と辺りを駆け回っていた。
そうしてはしゃいでいるうちに、すっかりルークを見失ってしまっていたらしい。
「すみません、ルークを見かけませんでしたか?」
アルビオールのドックの前。日陰に設えられた椅子に座る老人達に声を掛けた。
「あらあら、あの子ならずいぶん前にロケット塔のほうへ行ったわよ」
老婦人がにこにこと道の先を指す。
「そうですか…ありがとうございます」
「おーい、イエモンさん、タマラさん!」
ちょっと見てほしいところがある、とドックの中からイエモンたちを呼ぶ声が聞こえる。
「なんじゃ、せわしないのう。ちっとは老人に楽をさせいっちゅーんじゃ。おい行くか、タマラ」
不満そうな口ぶりとは裏腹に、腕まくりをしてやる気十分のイエモンにタマラが微笑む。この二人はただの老人ではなく、現役の技術者たちなのだ。
「しかしあの赤毛のぼうず、えらく嬉しそうにわしらの顔を見とったな」
「アッシュさんに良く似た顔なのに、笑うとああも違うのねぇ」
楽しそうに笑いながら遠ざかる二人の後姿を見送って、ガイもロケット塔へと繋がる道へ進む。
気付けばもう夕暮れである。青かった空の色はオレンジへと変わりつつあった。
「おーい、お前さん迎えが来とるぞ」
ロケット塔の下の階で作業をしていた職人がはしごを上り、ルークに声をかける。
「兄ちゃん、どっか行きたい場所でもあるのか?」
「え?」
職人はルークを見てにっと笑った。
「ずっとそっちの海や空ばっかりを見てるじゃねえか」
「そう…なんです」
ただ眺めていたって、近くなるわけではないけれど。
ロケット塔を回りこむように、街中の活気ある声がルークの耳に届く。
「いやぁ、いいぞ、その意気だ!」
「え?」
いきなりバシッと背中を叩かれ、ルークは目を白黒させる。
「俺はな、いつかこの窓に出てくる一番星…ほら、右上のアレだ。あれに届く船を作るのが夢よ」
職人は笑う。
「まあ大地が沈んじまったせいでちょっとばかし空が遠くなっちまったがな。でもそんなもの、星と星の間の距離に比べればごく僅かなもんだ」
遥か昔、人は星の間を渡る船を持っていたと言う。
昔の人に出来て、今の自分たちに出来ないわけはない。
「どんな夢も、どんなことでも、強く思うのが第一よ。心がなくっちゃ、いい音機関は作れねぇからな」
腕を組んで、職人は自分の言葉にうんうんと大きく頷きながら話す。
「だから兄ちゃんのそのまっすぐ空を見る熱心さ、気に入ったぜ」
ぐっと親指を立てて差し出される拳。
きょとん、とそれを見ていたルークが、目を瞬いて頭を掻いた。
「そっか…あの、ありがとう」
てっきり邪魔だとか、空を見ているくらいなら別のことをしろだとか、怒られるものだとばかり思っていた。
ロケット塔の階段を上ってきたガイと目があう。
「ようルーク。そろそろドックに行ってみないか」
「ああ、今行く。おいミュウ起きろ、移動するぞ」
「ふぇっ、もう朝ですの?」
摘み上げられ、ミュウはジタバタと手足を動かす。その瞼はまだ半分閉じられ、夢の世界から戻りきっていないようだ。
「まだ夕方だよ。アルビオールのドックまで戻るんだ」
「はいですの!」
「すごいなここの技術は。この調子だと、無事会議に間に合いそうだ」
ガイは安堵の溜息をつく。
三日後には、マルクト・キムラスカ・ダアト・ユリアシティの代表者が一度に集い、今後の世界についての重要な会議がバチカルで行われることになっていた。
ルークたちもまた、アルビオールの修理が終わり次第バチカルへ向かう予定でいる。素人目に見ても傷だらけだったアルビオールは、状態によっては再び飛べるようになるまでに時間がかかると考えられていたが、シェリダンの職人達の不眠不休の作業によって急ピッチで修理が進められていた。
「アニスもいてもたっても居られないみたいでさ、あんまり早く早くって騒ぐんでドックから追い出されてたぞ」
アニスだけはバチカルではなく、グランコクマで保護されているイオンの元へ行くという。療養中のイオンの手土産として手ごろな音機関はないかと、ドックから追い出された後。街中を走り回っていたようだ。
彼女もまた、アルビオールの修理が終わるまで居ても経ってもいられない気分なのだろう。
「明日には直るはずだってさ」
「そっか…じゃあ、いよいよだな」
夕日に赤く照らされたアルビオールのドックのまえで足を止め、ルークが呟く。
世界が変わるための会議。
各国の合意を得られれば、プラネットストーム停止と、今はまだ暫定的に止められているに過ぎない予言の廃止がようやく実現するのだ。
予言のない世界へ――――大地が降下してもなお活気あるシェリダンは、世界中から見れば稀有な例に過ぎない。
大地降下という環境の変化や、これまであたりまえのように生活に溶け込んでいた予言が詠まれなくなったことによって、多くの人々は不安を抱えている。
さらにこの先プラネットストームを停止させればその力を利用していた音機関のほとんどは使用できなくなってしまうだろう。
しかしそれならば次は、プラネットストームに頼らない動力を作り出せばよい、とイエモンたちは笑った。
ここはオールドラント中でも最も前向きな人々が集う街だと、ルークは思う。彼らの笑い声を聞くと、背中を押されているようでとても心強かった。
全てを乗り越えようとする、頼もしい輝き。





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