promised tune





***



薄暗い部屋に、影が二つ。
女は無表情で立っている。
その正面には、たくさんのランプが点滅する、大きな音機関。
蓄積されたレプリカ技術の情報が、次々と画面上に展開されていく。
彼女はそれを見つめながら、自分の心の淵をそっと覗く。
それは今や暗く、深く、どんな感情も飲み込んでしまい吐き出さない底なし沼のように思えた。

憎しみとは何だろう。
愛おしいとはどういう感情だろう。
かつて殺したいほど憎んだ人。
そして、自分のすべてをかけて愛した人。
彼を、その最期の姿を思い出す度、一粒の涙が頬に伝う。
涙。
何のための涙だろう。

ただ一つ、確かな事がある。
それはその人が、世界の何よりも、誰よりも、大切にしてきた夢≠セ。

――――私よりも。そして、あの方自身よりも…

彼女は小さく息を吸い、短い言葉を吐き出す。
「新たなる、世界を」
何にも縛られることのない、まっさらで美しい生まれたての世界を。
あの方の望んだ世界を。
その声に促されるように、ゆらりと立ち上がる影。
もう一人は老人だった。
眼鏡の奥の卑屈そうな目が、音機関の操作パネルと彼女を交互に見る。
「始めなさい」
「し、しかし今更このような事…」
口ごもる老人の頭に、押しあてられる冷たい塊。
それが銃口だと気付き、老人は声にならない悲鳴を漏らす。
「ヒッ…」
おびえたように反論の言葉を飲み込んだ老人を、さらなる彼女の沈黙と銃口が促す。
彼にはもう二つの選択肢しか残されていなかった。
従うか(生)、拒む(死)か…
老人が機械の制御盤に震える手を伸ばす。
それを見つめながら、彼女――――リグレットは小さく微笑んだ。
そう、これでいい。
憎しみなど、その世界には必要ない。
悲しみも苦しみもありえない。
そんなものはこの歪んだ世界ごと、全て壊してしまえばいい。

「始めなさい」



***



背中に冷たい石の感触。
闇の中で、鎖を解こうともがいてどれだけの時間がたったろう。
いや、ここが肉体と切り離された世界ならば、もしかしたらほんの一瞬の間なのかもしれない。
疲労感を覚えたアッシュは、しばし抵抗をやめて石に背中を預けていた。
唐突に身体を縛る鎖の感覚がなくなる。
「………?」
耳に入ってくる音が変わり、アッシュはゆっくりと目を開けた。
「な…んだ…?」
辺りの景色は、それまでの闇から一変していた。
蜀台の明かりが揺れる。
照らし出されているのは白い石が敷き詰められた広い部屋。
床も、壁も、天井までも白亜の石で覆われている。
全身を襲う疲労感に、アッシュはすぐには立ち上がることが出来ない。
「ここは…」
改めて辺りを見渡す。
舞踏会でも行われるように床は磨きあげられている。
壁には大きな女神の像が彫り込まれ、天井からはきらきらと光を放つ照明がぶら下がっている。
その明かりで、部屋中が眩しく輝いているようだ。
「まさか、エルドラント、か…?」
アッシュはかつて神託の盾(オラクル)兵の剣に腹を貫かれ、死んだ℃桙フことを思い出す。
あの時もこうやって、エルドラントの床に座り込んでいた。
身体を貫く刃。流れ出る血。薄れていく意識。ルークの呼び掛ける声…
そこでハッと思いだす。
そうだ。ルークに会った。
夢の中で…とはいえ、あまりに具体性と質量感のある夢だったため、ローレライの力の干渉をうけたと考える方が良いだろう。
ルークの照れた顔を思い出し、思わず頭を振る。
自分の身体を見下ろせば、記憶通り服は汚れ、ところどころ裂けている。
ヴァンとの戦いの後と同じだ。
背中の傷は塞がっているようだが、この疲労感は傷を一気に治癒した反動だろうか。

――――まだ、生きている…しかし…

「何故俺は…こんなところにいる?」

聖なる焔の礎(アッシュ)よ―――――お前ならば理解してくれよう…我らはもとより一つであり、一つであるべきものなのだ…

その呟きに対する答えは、自分の内側から聞こえてきた。



***



「なんだ…ありゃぁ…」
「おい、あんなもん昨日までなかったよな?」
最初にそれを発見したのは、定期船の船乗り達だった。
「岩?にしちゃでかいな…」
「島…島だよなぁ、どう見ても」
「よく見ると建物がある気がするんだがなぁ…どうだい?」
双眼鏡を手にささやき合う。
「あれか?この前城から来たお役人が言ってた、チカツだかチカクだかがどうのこうのっていう…」
「いやぁ、そりゃしばらく地震がちょくちょくあるかも知れねってはなしだったろ?」
「オイ誰か、漁師連中であの島上がってみたやついるのかい?」
突如現れた謎の島の噂は、沿岸の町を中心にあっという間に広まった。
どこかの漁師が金を詰まれて船を出したという話もあったが、それが誰なのかは結局わからずじまい。
一度上陸したものは帰ってこない、キムラスカが兵士を派遣した、いやあれはマルクト軍が極秘に建設した要塞都市だ、など数々の話が囁かれていたが、ある時それは更に突拍子もない噂に変わる
「ねえ聞いた?噂になってる謎の島、いきなりなくなったらしいじゃない」
「おまえなぁ、島がそう簡単に出たり消えたりしてたまるかい」
「うん?俺は島が浮かび上がって空に消えちまったって聞いたぞ」
「それそれ、何でも定期便が一隻巻き込まれたって言うじゃないか」
その話はやがてルークたちの耳にも入る事になる。
「島が…?」
「ああ、港に寄ったときに聞いたんだが。グランコクマですらずいぶん噂になってたらしいぞ」
軽い土産話のつもりで話したガイの目の前で、ルークの表情が驚きのまま固まっている。
「ルーク?どうした…?」
「まさか…師匠(せんせい)はもういないはずなのに、どうして…?」
「ルーク、顔色が悪いですわ。どうしましたの?」
覗き込むナタリアが目に入らない様子で、ルークは窓の向こうの遠い空を見て呟く。

――――エルドラント…





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