promised tune



「先生…もう少し待っていてくださいね」
それぞれ荷物から出した花を捧げ、香を焚く。
手を合わせ、ディストがそう呟いた。
「今はまだ、レプリカを作ったところで…自我を持たない人形のような状態でしかありません。けれどアッシュやルークのように記憶の継承が可能になるならば…ネビリム先生を蘇らせる事も夢ではないのです!」
「本当に…そうでしょうかねぇ」
ジェイドはどこか遠くを見るような目つき。
「私は失ってしまった命を取り戻す事などできないのだと、今でも思いますよ」
記憶の継承…時間の流れに干渉する術は、ローレライしか持っていない。
それも対象者はごく限られた者だけ。
当たり前だろう。一度死んだ記憶を持つ人間が、そうそうたくさん現れては混乱が起きる。
「それでももし、あの日に戻れるのなら…と」
この記憶のまま、やり直せたならと。
考えなかったはずはない。
自分の思い上がりのために、恩師の命を奪ってしまった。
時間をさかのぼり、違う道を選択することができるのならば。失ってしまったものを取り戻すことができるのならば。
ディストがルークやアッシュに興味をひかれるのはジェイドにもよく理解できる。
彼らを、羨ましいと思った。
同時に、ひどくもどかしかった。
もう何も失うことなく、何も壊すことなく、というルークの望みは、ジェイドにとって青いとしか思えない。
それでもイオンに、アクゼリュスに対してルークが守ろうとしたこと。変えようとしたこと。
自分ならきっと、はるかに上手くやれる。もっと良い手が打てるだろうに。
頭の片隅でそんな事を考える。
なぜ、ルークたちだったのか。自分ではなかったのかと。
「上手くはいかないものですね」
時間に取り残された者たちの戸惑いや悲しみもまた知った。
望んで戻ったわけではない。
そこにはわずかな希望がある代わりに、数多くの絶望も待ち構えている。
同じように見えて、かつて自分が一度生きた世界とは別のもの。
手を伸ばしても再び失ってしまったときの悲しみ。
ヴァンの語った繰り返す悪夢。
残酷だ、と思う。
「何よりも…掌の上で転がされているようなこの状況が気に入りません」
ローレライの。そして、ユリアの。
彼らは何を望むのか。
「フォミクリーの技術…レプリカがこれほど容易く作られる世界になるとは考えていませんでした」
「それはもちろん私の功績あってこそですね。間違いなく」
ディストが胸を張る。
それは確かにそうだろう、ろジェイドも心の中で頷いた。
フォミクリーの理論を最初に組み立てたのはジェイドだが、それをレプリカの生成まで具体化し、技術として実現させたのはディストだ。
二人はフォミクリー研究の世界で天才の名をほしいままにしている。
「では天才技術者であるあなたに問いましょう」
「ほほう。何です?」
ジェイドに天才≠ニ呼ばれ、ディストは嬉しそうに眼鏡の位置を直した。
「第七音素であるローレライが、あるとき二つに分かれてしまって戻る事ができません。この二つを元のように一つにするにはどうすれば良いでしょうね?」
「ふーむ…まあローレライと呼ばれる意識集合体が本当に存在するのならば、ですが」
私は実際にあったことがありませんのでね、と前置きしてディストはジェイドを見る。
「ええ、机上の空論で結構ですよ」
「二つになったとして、どちらも純粋な第七音素でしょう。それなら何か第七音素を媒介にして融合させることになりますかね」
自力で一つに戻る事ができなくとも、もともと一つだったものならば、きっかけさえあれば融合する事が可能だろう。
「具体的には?」
「簡単なのはそれぞれのローレライを身体に宿した完全同位体のレプリカがビッグバンを起こす事でしょう。あれは音素がいったん一つに融合したうえで、オリジナル以外をはじき出しますからね」
一つの器の中で融合した後、さらにその器から解放されるというおまけつき。
ジェイドはその意見を予想していたかのように、小さく息をついて肩をすくめた。
「…でしょうね」
「むしろそれぐらいしかローレライとやらがあの二人にこだわる理由が思いつきません。このくらいは子供でもわかるでしょうよ」
「子供でも…ですか?」
確かにジェイドやディストが子供の頃であってもそう考えただろう。
もっとも自分達が平均的な子供だったと言い張るつもりはジェイドにないのだが。
「では…大爆発を起こすことなく、第七音素によって肉体と半融合したローレライのみを一つに戻し、かつ分離する方法はあるでしょうか?」
ジェイドの問いに、ディストはぎゅっと眉根を寄せる。
「………」
その沈黙が、答えを出す事の難しさをあらわしていた。
「肉体と半融合しているのではなく…あくまで器として、いわば仮住まい≠フ状態であるなら何とかなるのかもしれませんが…」
もごもごと呟いて、そのあとを濁す。
ジェイドは一つ溜息をついた。
「もし私がフォミクリーの理論を構築しなければ、どうなっていたでしょうね」
珍しく弱音が混じったような言葉。
ディストが訝しげに問い返す。
「それは…ローレライの話ですか?それとも、全てのレプリカ生成に関する?」
「どちらに取っていただいても結構ですよ」
「はっ!まったく、ジェイドともあろう人が…後者ならば愚問です。あなたが構築しなければ、私がやっていたに決まっているじゃないですか」
そう言うとキラキラとした空気をまとって、ディストは髪をかき上げる。
予想通りといえば予想通りの答えに、ジェイドは片眉を上げた。
「まあ、前者であるのなら…」
そこで言葉を切り、ディストは数秒間沈黙する。
しかし今度はすぐ答えが出たようだった。
「レプリカはいわば、人工的な一卵性双生児です。完全同位体と同じように全く同じ音素を宿す双子が生まれる可能性だってあるでしょう。もちろん双子なら音素は安定していますからビッグバンは起きないでしょうが…譜術によって音素の融合を行う研究はいくらでもありますし」
「やれやれ…どうしてもそうなりますか」
「綺麗事ばかり言っていては技術は進歩しませんからね。どんなやり方を選ぶにしろ、第七音素を媒介に使う以上、何らかの生贄は必要になったでしょう」
「生贄とは…」
ディストの表現にジェイドは苦笑する。
「ただし、肉体と融合していない状態という条件はつきますけどね」
最後にそう付け加えて、ディストはジェイドに人差し指をつきつけた。
「だいたいさっきから私にばかり聞いていますけどね。あなたの意見はどうなんです、ジェイド」
表情をまったく変えないまま、ジェイドはその問いに即答した。
「わかりません」
「は?」
ディストが眉を吊り上げる。
しかしジェイドはディストをからかっている様子ではなかった。
「ずっと考えていますよ。でもまだ、答えは見えません」
そう呟くと、ジェイドは墓石の群れに瀬を向け、入り口へと歩き出した。





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