promised tune





***



大地が揺れる。
絶え間ない振動と共に、腹の底にわずかに浮遊感を感じる。
この外殻大地が、魔界に向けて少しずつ降下しているのだ。
「成功、したか…」
殆ど声にならない声で、ヴァンが呟く。
そこはアブソーブゲートの入り口から、わずかに高台へ上ったところだった。
「リグレット…」
「もうしばしご辛抱ください、閣下。ここから船までそう遠くはありません…」
そう言ってヴァンを背負おうとするリグレットを、ヴァンは腕で制止する。
「いや…ここでいい」
「しかし…」
このままここにいたところで、ヴァンの状態が回復しないのは目に見えている。
今でも生きていることが不思議なほどの重症なのだ。
「ベッドの上での死など似合うまい。私にはこの…記憶粒子の乱舞する場所こそ…」
「…閣下…」
どれほど懸命に治療したところで、ヴァンの命をわずかに繋ぐだけなのはわかっていた。
それでも諦めきれない思いが、リグレットの中にはある。
使えるものは全て使った。
回復薬も、自分が使えるだけの回復譜術も。
それでも刻々と、ヴァンは死へと近づいていく。
「まだ…全ての可能性が消えたわけではない」
ぽつりとヴァンが言う。
「新たなる世界を…全てを変えるために…」
リグレットに向けて呟くように語る。
彼女はじっと耳を傾けていた。
「生み出した世界の核として、レプリカの台地の中心にローレライを封じる事ができれば…第七音素の安定が得られる」
命の火が消えるまでのほんのわずかな間の物語。それをヴァンもわかっているだろう。
その時間を自分のために使ってくれるという事が、リグレットの胸を喜びで満たす。
それが次の瞬間には永遠に失われる幸せであっても。
「ひとつでは足りない。陰と陽は組み合ってはじめて完全な力となるのだ」
神託の盾の兵士として、ローレライ教団の特殊任務部隊として、そして六神将として…これまで数々の死を見てきた。
しかし自分の死は一度も覚えがない。それは人間である以上当然の事だった。
ヴァンは違うということを打ち明けられたのはいつだったろうか。
そのときも同じように、胸が震えるほどの喜びを感じたのを覚えている。
自分はヴァンの駒の一つ。
それでもどこか特別なのだと、そう思いたかった。
「ローレライを一つに戻し、同時に新たなる世界への封印を施す」
ヴァンの語る新しい世界の計画が、リグレットは好きだった。
弟を殺した予言から、星の記憶の呪縛から抜け出した、まっさらで生まれたての世界。
第七音素で構成される新たなるレプリカの世界を維持するには、第七音素そのものであるローレライの強大な力を利用すればいい。
しかしローレライは二つに分かれており、一つでは世界を支えるには足りない。
ひとつにするためには大爆発を起こす前提の、完全同位体が必要だ。
ようやくその結論に辿り着いた、とヴァンは語った。
「あれほど適した…器はない」
アッシュとルーク。
第七音素を扱う素養に優れていたイオンでさえ、完全な同位体を作る事はできなかった。
ユリアと関係の深いチーグルでも辛うじて再現できる程度。
しかしチーグルは、ローレライの器としては脆すぎる。
そして得た結論は、やはり。
ローレライの同位体であるアッシュと、そしてルークの誕生を待つしか、ローレライの器を手にいれる術はない。
ヴァンの声は次第に小さく、弱くなっていく。
まるで眠りに落ちるように…
「だから…」
時間稼ぎのために。
栄光を約束するユリアの予言≠読ませるために。
ファブレ家への影響力を保っておくために。
代わりのイオンが必要だったのだ。
それが不完全なレプリカであったとしても。
アッシュの身体がレプリカ情報の抜き取りに耐えられる年齢になった段階で、ルークの作成を行う。
陰と陽を分けるように、鳥籠の中の世間知らずのお坊ちゃまとしてルークを、自分の居場所を奪われた影の存在としてアッシュを、ローレライの器として耐えられるよう「丈夫に育て上げる」。
そのために自分が剣術の師となり、成長を確かめながら、また信頼を得るように過ごしてきた。
「リグレット…後はお前の好きにするがいい」
ふっと、その口元に笑みが浮かぶ。
「閣下…」
最後の一呼吸を聞くように、リグレットはヴァンの頭を抱き寄せる。
涙のように、記憶粒子が二人の上に降り注いでいた。


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