promised tune



地響きを立ててモースが倒れこむ。
「ちっ…がはっ、はぁ…」
同時に、ラルゴも苦しそうな表情で膝をついた。
動きと共に飛び散ったためか、床はラルゴの血で赤く染まっている。
「…!危ない!」
これで終わったかと思った瞬間、ラルゴの後ろでぬっと大きな影が動いた。
「ぐひゃっ、スコあのたメに、シ…しねぇっ!」
辛うじて頭を上げたラルゴだが、立ち上がろうとしてそのままよろめく。
何か来る。
イオンはほとんど無意識のうちに、ダアト式譜術を発動していた。
それはモースを攻撃するのではなく、パッセージリングを守るためのもの。
パッセージリングだけでなく、部屋の隅に横たわる少年も、そしてラルゴも庇うように、イオンは普段使った事もないほどの威力をこめて障壁を展開した。
――――早く。早く!
薄緑色の壁がモースとラルゴの間に発生し、一瞬で少年やパッセージリングまでを包み込む。
次の瞬間、部屋中を埋め尽くすかのように無数の衝撃波が発生した。
「くっ…」
障壁越しに、なおも振動がイオンへと届く。
障壁の届かない部屋の壁が、轟音を立てて崩れていった。
間に合わなければ、同じように跡形もなく切り刻まれていただろう。
崩れた壁の向こうに、ノワールたちの姿がちらりと見える。
まだ何人かの兵士達と戦っていたが、壁が崩れる勢いに敵も味方慌てて飛びのいたようだった。
それが最後の一撃だったのだろう。そのまま倒れ付したモースは数度痙攣したかと思うと、どろりとその形を崩す。
急激な音素の乖離によって、人としての形すら残さず…やがてそのどろどろとした塊は、蒸発するように小さくなり、消えていった。
ほぼ同時に、イオンががくりと床に両手を着く。
「大丈夫…?」
小さな声。
顔を上げると、そこにはイオンとそっくりな顔が心配そうにのぞきこんでいた。
「君は…」
イオンが呟く。
無事でよかった、と微笑を浮かべると、少年はイオンの背後にあるパッセージリングを指した。
「光ってる…」
「え…?」
何かに呼応するように、パッセージリングが激しく明滅を繰り返す。
ずらりと書き出されたフォニック文字には、アブソーブゲートでの降下準備が出来たことが記されていた。
「いけない、ここも早く起動しなくちゃ…」
操作盤へと手を伸ばす。
頭上に現れる指示通りに操作盤のフォニック文字をたどろうとするが、視線を上下させるたびに酷いめまいがイオンを襲う。
「っ…ダアト式譜術の…せい?」
失敗するたびに焦りが募る。
必死でめまいを我慢するイオンの肩に、そっと触れるものがあった。
「…手伝う、よ…?」
「でも、これは…」
どうしても一人で成し遂げたかった仕事なのだ。
意地を張る心を、別の心が静かに諌める。
(ルークたちにこれ以上迷惑をかけてまで、一人にこだわるの…?)
心配してくれた。僕のことを考えてくれた。そして…信じてくれた。託してくれた。
これ以上何を求める事があるだろう。
「…あの文字通りに…なぞらなくちゃいけないんだ…」
「フォニック文字だよね?僕、読めるよ」
「…!」
にっこりと笑われ、一瞬だけ迷った後、イオンは頷いた。
イオンの肩に手を置いたまま、無邪気な声でフオニック文字が読み上げられる。
まるで、夜空に知った星座を見つけた子供のように。
イオンは不思議と暖かな気分だった。
今まで誰に対しても抱く事のなかった、そう、例えるなら家族や兄弟と一緒にいるような、そんな感覚。
口元に、わずかな微笑が浮かぶ。

――――ルーク、アッシュ…あなたたちの喜びが、ほんの少し、僕にも分かったような気がします…




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