promised tune




***


パッセージリングに続く扉の前。
イオンを見送って、ノワールたちが座り込んでいる。
自分たちが来た方向から足音が聞こえる。しかも、大勢の足音だ。
身体を起こして身構えるノワールたち。
やがて、鎧の音を響かせて神託の盾の兵士達がなだれ込んできた。
「なんだい?ここから先は立ち入り禁止だよ!」
剣や槍を構えた兵士達が、横一列にノワールたちに詰め寄る。
突然、大きな声が部屋中にいたく。
「ローレライ教団大詠師、モース様のお着きだ!おとなしくその場を通すなら命まではとらない。投降せよ!」
兵士達の後ろに、巨大な影がのっそりを現れる。
「キヒヒ…お前達なぞに用はない…そ、そこをどけ」
神経のタガが外れたような、半分裏返った声でわめく。
モースと呼ばれた人物はまるで水死体のように膨れ上がり、ぶよぶよとした肌は紫がかった気味の悪い色に染まっている。
その口の端からは、歯というには尖りすぎた、牙といえるようなものが飛び出していた。
意味のない大笑いの後、涎まみれの口を拭おうともせず歩み寄ってくる。
「大詠師だって?どう見たって…」
「ありゃぁ…」
「化け物でゲスな」
扉の前から退く気配の無いノワールたちに、兵士達が殺気立つ。
しかし、その後から入ってきた人物を見て、ノワールたちは思わず顔を見合わせた。
「うん?イオン様は…あれ…?」
ウルシーとヨークはイオンが入って行った扉と兵士達を交互に見る。
縄で縛られ、ぐったりとしたまま抱えられているのは、イオンと同じ顔をした緑色の髪の少年だった。


***


イオンはパッセージリングの前に立ち、淡く点滅を繰り返すその美しい機関を見上げた。
まるで重力が強くなってしまったかのように、重い疲労感が身体を包んでいる。
傍らに設置されている操作盤に手を伸ばす。
「起動は…これですね」
すっとフォニック文字をなぞる。
イオンの指先が触れた部分からぼんやりと光が走り、やがてパッセージリングの点滅がより強くなった。
続いて頭上にいくつもの文字が浮かび上がる。
「これが…アッシュが書き足した部分…確かに、同時に降下するような命令になっていますね」
すでに命令が書き込まれているパッセージリングは、後は起動のための手順を踏んで第七音素の力を流し込めば良いだけの状態で待機している。
「起動のための命令は?」
難しい顔をしてイオンが操作盤を覗き込む。
「これは…なぜこんな事を?」
簡単に起動されないためだろうか。その手順は、頭上に現れる指示通りに操作盤のフォニック文字をなぞっていくというものだった。
しかし、その指示は一瞬で消えてしまう上、操作盤のフォニック文字もランダムで場所が入れ替わる。
「…ユリアの血筋の者であれば、こんなプロテクトはかかっていないのでしょうが…」
他のセフィロトでパッセージリングを操作する際、ティアはこんな複雑な手順を踏んでいなかったように思う。
頭上と操作盤を交互に見比べ、イオンは溜息をついた。
一人でやる以上、何度か試して慣れるしかなさそうだ。
そう、これはどうしても一人でやりたかった事なのだ。
昨夜の、そして今朝のアニスの表情を思い出し、イオンはわずかに顔を曇らせる。
ここまでわがままを言ったのは、意地を張ったのは初めてだった。
それと同時に、ここまで「自分だけの役割」を望んだのも初めてだった。
何故だろう。
ここで死んでもいいと思っていた。
それだけの――――命をかける価値があると思った。
僕に出来ることを。僕にしかできないことを。

――――それでも私は貴方が選んだ道を尊重したいと思いました。…一人の仲間として

ジェイドの言葉。
きっと、そういって欲しかったからだろう。
残された時間の少ないこの身体で、最後まで「レプリカのイオン」として過ごすのではなく。
一人の仲間として、自分だけにしか出来ない事をやりたかったのだ。
もう一度操作盤に手を伸ばしたとき、急に扉の外が騒がしくなった。





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