promised tune




***

ユリアシティの夜は暗い。
今となっては誰もその仕組みを知らない音機関が、淡い光を投げかけているだけだ。
生ぬるい風が二人の横から流れ込んできている。
「アニス…大丈夫?」
「うん。ちょっと…びっくりしちゃって…」
ティアからは、ベランダに佇むアニスの表情は見えない。
しかしその声からはいつもの元気さがまったく感じられず、ティアは溜息混じりに呟いた。
「そうよね。イオン様も、解任だなんてあんまりだわ…」
「ううん、違うんだ。あのねティア、私ね…」
アニスは強く頭を振ると、トクナガをぎゅっと抱え込んだ。
「今まであんなにわがままを言うイオン様、見たことなかった」
「わがまま…そうね。たしかに今日のイオン様は、いつもより頑ななように思えたけど…」
ティアも、ここまで自分の意見を通そうとするイオンは初めて見た。
これまではおおらかに皆の意見を聞き、要所で意見を出す、いわば理想の上司のような発言しか聞いたことがなかったのだ。
「自分にしかできない事なんてないんだって…イオン様、ずっとそう言ってた」
アニスが大きな溜息。
「でも今日、自分にしか…イオン様にしかできないことだって…あんなこと言ったの初めて聞いた」
「そう…」
確かに珍しい。
でももしかしたら、それは今まで言いたくても言えなかった言葉だったのかもしれない、とふとティアは考える。
「私、イオン様について行きたい。導師守護役じゃなくても、傍にいて守りたい」
だけど…とさらに肩を落とす。
小さなその背中を、ティアはそっと撫でた。
「でもきっとそうしたら…今度こそ怒られちゃうかな、イオン様に…」
その後は二人とも黙りこくり、ぼんやりと浮かび上がるユリアシティの町を見下ろす。
「あの子も…こんな気持ちだったのかな…」
ぽつりと呟いた言葉を聞き返すことなく、ティアは風に髪を揺らしていた。





「イオン様」
「…何です?ジェイド」
ティアが育てている魔界の花を見ていたイオンに、そっと声がかかる。
振り向くと、そこには真剣な顔のジェイドが立っていた。
「貴方の身を預かるマルクト軍の一将校として…私は貴方をラジエイトゲートに向かわせる事には反対せねばなりません」
「………」
「はっきり申し上げましょう。今のイオン様の身体では、ラジエイトゲート起動の負荷を受け止めるだけで精一杯のはずです。仮に起動できたとして、それに続く大地降下の制御が最後まで行える保障はありません」
「…それを、何故皆の前で言わなかったのですか?」
穏やかに問うと、ジェイドがその表情をふっと緩める。
「そうですね。恐らく、言うべきだったのでしょう」
――――そしてレプリカとしてのその身体は、確実に限界に近づきつつあります、と…
赤い瞳がイオンを見て、ゆっくり瞬く。
「イオン様を守り、生かすこと…それが私の職務でもあります」
グランコクマに保護されているイオンを旅の道中守るよう、ピオニーの命を受けている。
それはジェイドにとって、何よりも優先すべき任務だ。
「それでも私は貴方が選んだ道を尊重したいと思いました。…一人の仲間として」
イオンが驚いたようにジェイドを見上げる。
まさかジェイドの口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。
「ジェイド」
その顔にはゆっくりと、穏やかな笑みが広がっていった。
「ありがとうございます。僕を…仲間と呼んでくれて」
「下手したら不敬罪、ですかねぇ」
飄々といい、いつものように肩をすくめる。
「職務放棄もギャンブルも、これが初めてですよ。そして…最後にしたいものです」
「そうですね。それに僕だって、あなたに責任を負わせるような事態にはしたくありませんから」
「ええ、よろしくお願いしますよ。ちゃんと生きて帰ってきてください」
にっこり笑うと、くるりと踵を返す。
――――ちゃんと生きて帰ってきてください
見えないとわかっていながら、イオンはその背に向かって深く頷いていた。




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