promised tune



「ルーク!」
身体を揺さぶられる感覚に、ルークは薄く目を開けた。
「ルーク、起きて」
「…!?」
目の前にあったのは、ティアの顔。
「え…?あれ?」
ガバッと身体を起こす。
辺りを見渡すと、そこは月光の照らし出す夜の渓谷だった。
辺りはお互いの表情が確認できる程度に薄明るい。
白い花が一面に咲き誇り、風に揺れている。
見覚えのある風景だった。
「あなたを巻き込んでしまったみたいね…ごめんなさい。怪我はない?」
心配そうにのぞきこむティアの姿に、ルークは違和感を覚えた。
「ティア?…他の皆はどうしたんだ?」
ジェイドも、アニスも、ガイも、ナタリアも…もうそれぞれの国へ、街へ戻っているのだろうか?
エルドラントで別れてから、どれくらい時間がたったというのだろう。
ルークは眉をひそめ、懸命に記憶を探った。
ローレライを解放したことは覚えている。エルドラント上空での、光の渦も。その中で、見たのは…
ふと自分の体を見下ろし、眼を見開く。
(え?髪が…長い!?)
これではまるで、ティア達と出会ったばかりの頃のような姿ではないか。
ローレライが光の中で指さした、その先にあったもう一人の自分の姿。それを思い出したとき、ルークの中で二つの記憶が重なった。

今度こそ、世界を…

「俺…どうなったんだ?」
呟いたのは自分自身に向けての問いだったが、ティアは溜息をついて腕を組んだ。
「私とあなたの間で…おそらく超震動が発生したのだと思う。あなたも第七音素譜術師だったのね?」
「え?」
違和感が、ルークの中で徐々に確信に変わりつつある。
(まさかこれって…俺とティアが初めて出会った時の…?)
それはもはや過ぎ去った時間のはずだった。
出会い、そして旅の始まり。ルークの記憶の中にある光景と、今目の前にあるものがあまりにも一致していて、ルークは頭を抱えた。
「飛ばされてきたのは私たちだけのようだから、お屋敷にいた人たちはまだバチカルにいると思うわ。…兄さんも」
「兄さんって…ヴァン師匠のことだよな?」
「え?ええ…そうよ。まさか兄さんが私のことを話したの?」
(違う、そうじゃないんだ…でも、ティアは何も覚えてないのか?俺だけが…?)
夢を見ているのだろうか。
ルークは自分の頬を思いっきりつねってみた。
「痛っってぇー!」
「…とにかく、このままここにいては危険だわ。川にそって降りて、街へ出ましょう。」
何をしているの?というティアの冷めた視線が、なぜか懐かしい。
「あ、ああ。」
「心配しなくても、あなたをちゃんと屋敷まで送るわ」
そう言いながら細い道を下りはじめたティアの足が止まる。
「!…ルーク下がって、魔物よ」
その時にはルークもまた、木刀を構えていた。
小型の猪のような魔物が前足で地面を掻いている。強度の低い木刀とはいえ、技の一つも放てば楽に倒せる…はずだった。
「はぁっ!…あ?あれ?」
(身体が…うまく動かない!?)
着地した拍子に躓きかけ、ふらふらと数歩よろめく。
ルークが繰り出そうとした技は難しいものではなかったが、思ったように決まらない。
「くっそー。何でうまくいかないんだ?」
「技の理論は習っているみたいだけど…身体がついていかないのかしら。実践で使うには、まだ訓練不足だわ」
ティアは動かなくなった魔物からナイフを引き抜き、刃を拭きながらルークを見た。
「でもあなたは軍人じゃないし、本来なら自分が戦う必要もないはずだもの。そんなに気にすることもないと思うけれど…」
「そういうわけにも…いかないんだよな」
ルークは自分の手を眺めた。暗闇ではよく見えなかったが、自分の覚えている℃閧謔閧烽クっと柔らかな、剣を握りなれていない掌。
(技の理論…記憶はあるのに、身体は本当に昔に戻っちまったのかよ…)
身体だけではない。自分の記憶以外のすべては、まるでそれまでのことが夢であったかのように、過去へと引き戻されている。
「ルーク、辻馬車があるわ。あれに乗って帰りましょう。」
渓谷を下ると、馬を休ませていた御者が暗闇から現れた二人に驚いて声を上げる。
「あ、ティア…でもあれは…」
「お金のことなら何とかするわ。心配しないで。」
御者としばし話していたティアが、やがて諦めたように頷き、首に下げていたペンダントを外す。
(あの馬車は確か、マルクトに向かっていたはずなんだけどな…)
ティアを止めようと伸ばしかけた手を、ルークはゆっくりと下げた。
どうすればいい?
自分の覚えている道筋を辿れば、本当に同じ結果が待っているのだろうか?
ルークは迷っていた。
(馬車に乗れば…エンゲーブにつく。ジェイドと、アニスと、イオンがいて…)
もはや記憶の中にしか存在しないはずのその姿を、もう一度見ることができるのだろうか。
「ルーク!早く来て」
ティアに差し招かれるまま、馬車に乗り込む。
「ティア、ごめん…ペンダント、大切なものだったんだろ?あとでちゃんと買い戻すから」
「え?それは…ううん、いいの。こうなったのも私の責任だから…」
「さーて、出発しますよ、お客さん!」
「その気持ちだけで十分よ。ありがとう、ルーク」
ゴロゴロと、お世辞にも乗り心地の良いとは言いづらい震動を立てて馬車は進み出す。
真夜中の景色がゆっくりと窓の外を流れていく。
「少し眠りましょう。馬車に乗っているうちは、魔物を警戒しなくても大丈夫だから」
「うん…おやすみ、ティア」
「おやすみなさい」
目を閉じると、ルークの記憶≠ノある、この馬車に乗った際の光景が思い起こされた。
尻が痛い、音がうるさいと不平をこぼしながらも、今まで見たことのなかった外の世界に見惚れていた自分。
空気の匂いが屋敷とはまったく異なる。鳥の声も違う。それがどこか不安で、しかし心が躍った。
その先にあるものを…まったく知ろうともしなかったあの時。
でも、今は違う。
(この先に…)
知っている。バチカルとは逆方向へ向かっていると。世界が同じことを繰り返そうとしているなら、今すぐバチカルに戻ってもできることは沢山あるはずだ。それが籠の鳥の生活であっても、外の世界を知っているのと知らないのとでは全く違う。
それでも、見たかった。知りたかった。
暗い地平に向かって、ルークは声に出さず呟く。
(もう一度、アッシュに逢えるかもしれない…)
この夜の向こう。
同じ世界に、どうかその愛しい命が存在しますように。




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