promised tune
|
「あーあ…師匠、しばらく来てくれないのか…」 ルークが応接室を出た頃、太陽はゆっくりと西へ傾き始めていた。 頭の後ろで腕を組み、座りっぱなしだった身体をほぐすように伸びをする。 「導師イオン、かぁ…」 屋敷の中だけで生活しているルークにとって、時折訪れるヴァンの土産話を聞くのが何よりの楽しみだった。 自分の知らない世界のことを、わかりやすく説明してくれる。それは実際に外に出られないルークにとってお伽話のようなものであり、しばらく経つと忘れてしまう程度のものであったが、束の間でも軟禁生活のことを忘れられる時間があるということがルークを支えていた。 「偉いヤツだか何だか知らないけど、探すだけならヴァン師匠が行かなくてもいいんじゃないのか?」 神託の盾騎士団の主席総長であるヴァンは、行方不明になっている導師の捜索に出なければならないという。 「代わりを寄こすって…言われてもなぁ…」 こんな時、この屋敷から出ることの出来ない自分が恨めしかった。 「ルーク様!」 中庭に出ると、庭師のペールと目があった。朝からこの時間までずっと花の世話をしていたのだろうか。日に焼けた顔に笑みを湛えて、深々とお辞儀をする。 その声で気づいたように、ヴァンが振り返った。その横にいた先客も、同じようにルークを見る。 「あれ?ガイ、師匠と何話してたんだ?」 「ヴァン揺将は剣の達人ですから。いい機会だと思ってご指導をお願いしていたところですよ」 「ふーん…」 ガイの剣術の腕はルークも良く知っている。 ファブレ家はバチカルの王族であり政治的に強い力を持っているため、一時国王の体調が優れなかった時期にはルークだけでなく公爵を狙った侵入者が続いたこともある。その度に、屋敷を警備する私兵以上の強さをガイは見せていた。 だからこそ、ルークの家庭教師兼警護役として、ずっとルークの近くにいるのだ。それが一度どんな流派であるのか聞いたような気がするが、当時さして剣術に興味のなかったルークには、聞きなれない名前だったような…という程度の記憶しかない。 自分ももっと強くなれば、他の流派を参考にしたいと思うようになるものだろうか。 頭の奥でぼんやりとそんなことを思っていたルークは、突然の胸騒ぎに我に返った。 「…何だ?」 何かが来る? 頭の中でそんな声が響く。 朝からルークを悩ませるあのもやもやした感覚が、いっそう強くなる。 「だめだ…でも、何かが…」 …トゥエ レィ ズェ クロア… 「さて、始めるか?ルーク」 「あ、はい!」 ヴァンの声に練習用の木刀を握りなおしたルークは、違和感を振り払うように頭を強く振った。 「お願いします!」 せっかく師匠に見てもらえるのだ、集中しなくては。 深呼吸を一つ。 そしてガイとヴァンが見守る中、人形相手に数手切りつけた時だった。 …リュオ トゥエ ズェ… ドサッ、と何かを落とすような音がした。 それが人の倒れる音だと気づいたのは、自分の身体が言うことを利かなくなってから。 「何だ?」 「ぐっ…この声は…」 ガイの戸惑ったような声と、ヴァンの呟き。ペールが上げた『譜術師が』という叫びも、どこか遠くに聞こえる。 「くそっ、身体が…動かない…」 抗おうとすればするほど、歌声に縛り付けられるように身体は痺れ、眠気が襲ってくる。 そして中庭に響いたのは、凛とした声だった。 「ようやく見つけたわ。裏切り者ヴァンデスデルカ、覚悟!」 「やはりお前か、ティア!」 どうして、師匠の声はどこか楽しんでいるように聞こえるのだろう。 ナイフが風を切る音。視界の端に、長い髪が閃く。 「何なんだよ、お前はっ」 ティア、というその響きが、胸の中にあるもやもやと一瞬重なった気がした。 響け…ローレライの意思よ届け…開くのだ… 「えっ!?」 頭の中でこだまする誰かの声。それを振り払うかのように持ち上げた木刀で、ナイフの刃先を受け止める。 ティアが何かに驚き、息を飲んだ。 「これは、第七音素?」 そうだ。とルークの頭の中で声がそれを肯定する。共鳴せよ、と。 「…しまった!」 「ルーク!!」 周囲の声はもう届いていない。 そして眩い光が満ちた後に、二人の姿は残っていなかった。 |