promised tune
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自分の部屋のドアを開けると、きちんと整えられたベッドが目に飛び込んでくる。この僅かな間に、メイドが部屋を片付けて行ったようだ。 開け放たれた窓からは、心地よい風が部屋へ吹き込む。それすらも、もう見慣れすぎた風景。 ルークが部屋に一歩足を踏み入れた時だった。 「……うぁっ!?」 耳鳴りと激しい頭痛。 脳が回転しているのではないかと思うほどの眩暈に、ルークは思わずその場にしゃがみ込んだ。 「な…んだよ、さっきから……!」 ……ク……ルーク…… 「え…?」 耳鳴りの奥に、何か別の音がする。 それは鼓膜を震わすことなく、直接頭の中に聞こえてくるような響き。 ルーク、我が声に応えよ…… 「誰、だ…?」 呼ばれている? ひどく胸騒ぎがした。 昔もあった気がする、こんなことが…でもそれは、いつだっただろうか? ルークは痛みに閉じていた目を、僅かに開ける。 瞼の裏で揺らめいていた金色の光が薄れると共に、少しずつ耳鳴りが収まる。 「どうしたルーク、また例の頭痛か?」 「!!」 部屋に差し込んでいた日差しがふと翳ったと思うと、今度は聞きなれた声がした。 ルークが顔を上げると、出窓にもたれかかるようにして部屋を覗き込む青年の姿が目に飛び込んで来る。 「ガイ…」 「おい、大丈夫か?医者を…」 「いや、もう大丈夫だ。ったく…俺の身体どうなっちまってるんだ?」 ひらひらと手を振るが、金髪の青年―――ガイはまだ心配そうにルークを見つめていた。 「また幻聴だったのか?…顔色が悪いな、ルーク」 「大丈夫だって。いつものことだろ。もう治った」 「そうは言ってもな…ひょっとしたら、お前が記憶を失ったことと関係があるかもしれないし…」 七歳の時、ルークはマルクト帝国からの侵入者と思われる一団に誘拐された。身代金をはじめ何の要求もないまま数日が経ち、その生死さえ危ぶまれていた時、バチカルから遠く離れたコーラル城で発見されたのだが…戻ってきた時には外傷こそないものの、それまでの記憶全てがなくなっていたのだ。それも自分が誰かわからないという次元ではなく、言葉も、感情すらも失って。まるで人形のようになってしまったルークが再び元のような生活を送れるように、ガイはずっとルークに付き添ってきた。 「お前にもしものことがあったら、奥様まで倒れかねないしなぁ」 「あーもー!マルクトのやつらのせいで、俺がおかしなヤツみたいじゃねーか」 「いつかは思い出すさ。あまり焦るなよ、ルーク」 …違う。 ハッと、ルークが顔を上げる。 「え?今何か言ったか?」 「うん?」 「…いや、何でもない。」 確かに、何か聞こえた気がした。 しかしガイがまた心配そうな顔をするのを見て、ルークは慌てて笑顔を作る。ガイは何か言いたそうだったが、その時ルークの背後で響いたノックの音にビクッと身を縮めた。 「失礼します、ルーク様!」 「しまった、ここに来てることは内緒なんだ」 こうして窓から公爵子息の部屋に出入りしていることが知れたら、確かに屋敷を追い出されかねない。周囲の様子を伺うと、苦笑してルークを一瞥する。 「じゃあな。何かあったら遠慮なく呼べよ!」 「わじゃってるって」 ガイがするりと窓の外へ滑り出すと、ルークは一つ溜息をついた。 「…聞いたことある声だと思ったんだよな…」 いつもの頭痛とは違う感覚だった。頭の奥で聞いたのは、何か懐かしいような、それでいて苦しいような響き。 「ルーク様〜?」 「わかってるよ。入れ」 戸惑ったようなメイドの声に、もう一つだけ溜息をついてから声をかける。 予想通り、それは応接室へ来いという父親からの呼び出しだった。 |