promised tune


ルークはふと顔を上げる。
穏やかな風。
窓越しに見上げる空は青く、浮かぶ譜石の下をゆっくりと雲が流れていった。
また、いつもと同じような一日が始まるのだ。溜息をついてから、ルークはボリボリと頭をかいた。
「……何か…忘れてる気がするんだよな…」
目覚めてから、ずっと何か頭の奥に引っかかっている感覚が続いている。
部屋の中に目を戻すと、机の上には読みかけの本と手紙。無造作に床に置かれた練習用の剣。久しく音楽をかけていない蓄音機も、メイドの掃除が行き届いているのか埃一つ見当たらない。
どこを見ても、このもやもやを解決するものは見つからなかった。
「ま、いっか。夢でも見たんだろう。」
日常の些細なことなど、忘れたってどうってことない。どうせ本当に思い出したいことは思い出せないのだから。
ルークは自嘲気味に笑うと、ドアに手をかけた。
「っ…!?」
ギィン、と耳の奥で弦を擦るような音がする。それは何か意味を持った響きのような…
「………気のせいか?」
この屋敷に戻ってきてからと言うもの、軽い頭痛に襲われることなど珍しくない。ひとつ頭を振ると、何もなかったかのようにルークは部屋を出た。
中庭を抜け、屋敷の玄関ホールに顔を出す。
「おはようございます!ルーク様!」
「……。」
今日もやはり、外へと続くドアの横には屈強な私兵が直立不動で控えていた。それをちらりと横目で見ると、挨拶を返すこともなく玄関とは反対側へ身体を向ける。
ルークが移動を許されているのは、この屋敷の中だけ。ここがバチカルという都市の一角にあるという知識はあっても、街中へ出る方法は知らない。
衣食住満ち足りて、運動だって中庭で思う存分できる。豪奢な鳥篭。
だからこそルークは、この屋敷の中ではことさら傍若無人に振舞った。他人に甘えることで、あるいは苛立たせることで、自分の存在を忘れられないようにするために。
「ぼっちゃま、おはようございます」
「!?」
応接室の扉に手をかけようとしたルークは、すぐ後ろから聞こえた声に振り返った。
「応接室は現在来客のため締めきられております」
柔和な笑みを浮かべた壮年の男性が、ゆっくりと頭を下げる。長年屋敷に使えている執事のラムダスは、何年経ってもルークへの呼びかけを幼少時と変えようとしない。
「ああ…あのな、ぼっちゃま≠ヘやめろって言ってるだろ。もう子供じゃねーっつーの」
「そうでございますか。失礼をいたしました、ルーク様」
笑みをたたえたままの、形ばかりの謝罪。何度言おうが次の日にはまた元に戻っているのだろう。今までのように。
「今までの……あれ?」
一瞬、ルークの胸を違和感が過ぎる。
どうして、昨日までのことが遠く思えるのだろう。
そして一体何がこんなに引っかかっているのだろう。
「あーくそっ、イライラすんなー!もう!」
ぐしゃぐしゃと髪を振り乱すルークを見て、ラムダスが眉をひそめる。
「ルーク様?いかがなさいました?」
「何でもねー。来客って、父上にか?」
「はい」
ルークの剣術の師でもあるヴァン・グランツ揺将が来ている、とラムダスは告げた。
「え、ヴァン師匠が!?」
途端に目を輝かせるルークを押し戻すように、そっとルークとドアの間に割り込む。
「後ほどお呼びいたします。それまではお部屋でお待ちください」
「何だよ、俺が聞いちゃマズイ話でもあるのか?」
「旦那様のお言いつけでございます」
「…ちぇっ」
むくれながらも、ルークは玄関ホールを後にした。
「どうせ聞いたところで、俺には何もできねーのに。…こっから出られないんだからな。」
屋敷の中にも、警備の兵士が常に巡回している。ルークがおかしな行動を見せれば、すぐに駆けつけてくるだろう。それは他ならぬルークの身を守るためだと、母親に何度も諭された。もう二度と誘拐などされないように。
母親の愛情はルークにもよく理解できたが、外に出たい、自由に生きたいという思いは年々募るばかりだった。




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