ケモノたちの午後





「アルビオール、発進します!」

操縦桿を握りしめるノエルの声は、微妙に上ずっていた。
たくさんのランプが点灯する計器のチェックをしつつ、ちらりと後ろを盗み見る。
彼女の座る操縦席のすぐ近くには、ルークの席がある。
正面の窓から差し込む陽ざしに浮かび上がるシルエット。アルビオールが左右に揺れるたびに、ぴこぴこと動く耳。そして、バランスをとるように揺れる尻尾。
(あれは…反則だわ)
なるべく急いでバチカルに来てくれと連絡があった時には、何事かと心配したのだが…まさかこんな姿のルークが待っているとは。
聞けばファブレ公爵邸でもメイドたちや白光騎士団の騎士たち、果ては庭師やコックたちまでが何かと理由をつけては入れ替わり立ち替わりルークの姿を見に訪れるという騒ぎになっていたという。
しかも執事のラムダスに一喝されて追い出されながらも、みな一様にうっとりとした―――小動物を見るティアのような―――目で応接室を出てきていたらしい。
(仕方ないでしょ、あんな可愛いものが見られるなんて…ああ、新アルビオールを兄さんに任せることにならなくてよかった!)
「…ル!ノエル!」
「!!…あ、ハイ。何ですか?」
そのルーク本人から突然呼ばれて、ノエルはあわてて思考を切り替える。
「グランコクマまでどのくらいかかるんだ?」
「そうですね…今のアルビオールでは半日といったところでしょうか」
プラネットストームが止まった後、世界中の音機関が徐々にその力を失っていく中、シェリダンで作り直されたこのアルビオールは動力を取り替えることでまだその身を空に浮かべることができていた。
それでも、多少の飛行速度の低下は免れない。
「半日かぁ…その間にコレ、治ったりしないのかな」
「そもそも、本当にピオニー陛下から頂いたお酒が原因なのでしょうか…」
アルビオールの飛行が安定し、ノエルからベルトを外してもいいと告げられる。
軽く伸びをしたナタリアは、まだ信じられないといった様子でアッシュとルークを見渡していた。
二人とも生えてきたその耳や尻尾の毛並みは柔らかな灰色で、尻尾の長さまでうりふたつだ。
もちろんそれはナタリアたちが触って調べたわけではなく、王宮付きの医師を呼んで診察させた結果なのだが…わかったのはその程度のことだけで、原因や治療法などはさっぱりわからないままである。
一同はひとまず、昨夜口にした酒の送り主、マルクトの皇帝ピオニーを訪ねてグランコクマへ向かうことにしたのだ。
「特別変なものを食べたり、呪いの掛かるような場所に言った覚えもないんでしょう?」
ティアはルークの横から、羨ましそうな表情でミュウを見つめながら言った。
ミュウはというと、興味津々でルークの耳を引っ張ったり、尻尾にじゃれついたりしてはルークから小突かれている。
「あまり決めつけてかかるのはよくないですわ。ピオニー陛下もご厚意で下さったものですし…」
なにしろ今のところルークとアッシュ、二人にしかないことなのだ。
しかし昨日まではこれといって変わったこともなく、強いていつもと違ったところを挙げろと言われれば晩餐会ルークが酔っ払ったことくらいである。
「そもそも酔っ払ったのはルークだけなんでしょ?もしかしてアッシュも顔に出てなかっただけでベロベロだったとかぁ?」
「くだらん…それよりも、あのメガネが何か知っていることを祈るんだな」
そう、たとえピオニーに心当たりがなくてもジェイドなら何か知っているかもしれないと思ってルークたちはグランコクマへ向かっているのだ。
あまり考えたくはないが、これもフォミクリーの影響である、とか。
どこからか調達してきた帽子をかぶり、尻尾も服の中に隠しているアッシュを横目にナタリアはため息をつく。
「ああ…もしピオニー陛下に心当たりがないのだとしたら、晩餐会でのそれ以外の食べ物…つまりは主宰であるわたくしの責任ということになるかもしれませんわね」
「何か心当たりでもあるのか?」
アッシュの言葉に慌てたように首を振る。
「こんなことができるのでしたらとっくに…え?あ、いえ何でもありませんわ」
「……」
アッシュはまた不機嫌に黙り込んだ。
今のところ体調に目立った変化はない。見た目の変化だけにとどまっているせいか、本人たち以外はどこか面白がっているふしがある。
「きゃー、くすぐったいですの〜!」
上がった声に横を向けば、尻尾の先でくすぐられて転がりまわるミュウの姿。
「アッシュ!俺もうこの尻尾使いこなせるぜ!」
「お前は…元に戻る気はないのか?」
ため息交じりの声に、ルークはあわてて首を振る。
「や、そんなことはないけどさ…こんなこと滅多にないし、治るまでは楽しまなきゃと思って」
何故か周囲からはそうよ、そうよねと同意の頷き。
ミュウをぶら下げたまま意気揚々と尻尾を振り回すその姿に、アッシュは諦めたように首を振って椅子に沈みこんだ。




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