ケモノたちの午後



爽やかな朝の光が差し込む窓辺に、いくつかの視線が交差する。

ティアがうっとりと胸の前で指を組む。
ミュウが楽しそうに足元を跳ねまわる。
ナタリアが目を丸くする。
アニスが面白そうに笑う。
アッシュが何かをあきらめたように小さくため息をつく。
「何なんだよ、これ――――――!」
そしてルークは頭を抱えて、困惑した叫びをあげた。


***


はじまりは半時ほど前に遡る。
顔に降りそそぐ日差しに目を開けたアッシュは、ハッと身を起こした。
(!…ここは…)
見慣れない場所にいる。大きな窓、無造作に置かれた練習用の剣、あまりスイッチを入れられることもない蓄音器、散らかった本…淡い青の壁紙が貼られたその部屋は、バチカルのファブレ公爵邸にあるルークの自室だった。
「チッ…」
しまった、朝までには出て行くつもりだったのに。そう心の中で呟きながら、アッシュは小さく舌打ちをする。
アッシュの居るベッドの上、その横には隣には頭まですっぽりとシーツに包まった『誰か』。…ちらりと覗く赤い髪だけでその正体はこの部屋の主だと一目瞭然だ。
昨夜はこの屋敷で、二人がタタル渓谷に帰還してちょうど一年を記念する晩餐会が開かれていた。

マルクトの皇帝、ピオニーから贈られた珍しいものといってナタリアが持ってきた酒に、一口だけ、と手を伸ばしたルークがいつの間にか―――むしろその一口だけで―――酔っ払っていて大変なことになったのだ。
ここまで担ぎ込んでベッドに寝かせたはいいが、しっかり首に巻きつけられた腕をルークがなかなか離そうとせず押し問答しているうちに…
『なんらよアッシュ、俺のこと好きって言ったらろぉー…』
潤んだ目と、上気した頬。
明かりを落とした部屋の中で、耳元で呟かれる自分の名前。
(…って、思い出してる場合じゃねえよ)
自分の姿を見下ろし、アッシュは慌ててベッドの下に手を伸ばす。一糸纏わぬ、あまりに無防備な格好。
裸でルークのベッドに居るところなどメイドにでも見られたら金輪際この屋敷に顔は出せなくなりそうだ。
一瞬何かに違和感を感じたが、ルークの服と混ざり合うように積まれた布の山の中から自分の服を引っ張り出すと、するりと―――ルークを起こさないように慎重にベッドから抜け出した。
このままそっと部屋を出よう。
上着を羽織ったアッシュの後ろで、もぞっと動く気配。
(しまった、起きたか…?)
寝惚けているうちに飛び出せばまだ間に合うかもしれない。
ちらりと振り返ったアッシュが、そのまま一歩踏み出そうとして何かに気づき、今度はくるっとルークのほうを向いた。
(何だ…?)
寝返りを打ち、シーツからはみ出たルークの肩と背中。その腰のあたりにふわふわとした灰色の塊が見える。それはまるで、ルークが身体の下に猫を敷いてしまい、その尻尾だけが覗いているような感じだ。
さっき感じた違和感を思い出す。ベッドから抜け出す前に、自分の足に触れていた柔らかな毛皮の感触。
「う…ん…」
ゴロン、とルークがさらに身体を動かし、蹴飛ばすようにシーツを跳ね除ける。
露わになったうつ伏せの半身は、もちろん何も身につけていない。
「!?」
寝癖のついた赤い髪の間からぴょこんと飛び出す二つの耳。そして見えていたその灰色の塊―――尻尾が、なんとルークのお尻から直接生えていた。
(尻尾?耳?)
二度見しても、目をこすっても、自分が目にしたルークの姿がよく理解できない。そっと近づいてその耳に触れると、猫耳は本物のように温かく、そして触れられるのを嫌がるようにぴくぴくと動いた。
(!……どういうことだ…?)
昨夜はなかったこんなものが、いつの間に…?
アッシュは目にかかる髪をかき上げるように頭に手をやり、今度こそ本当に凍りついた。
指先に触れるのは、今まさにルークに生えた耳と触ったのと同じ感触。
恐る恐る腰のほうに手をやる。服の下で、何かがぱさりと動く気配。
ズボンに手を突っ込み、手に触れた細長い毛の塊を引きずり出す。しかしそれと同時に、何かに掴まれているという感覚。自分の右手で左手を握った時のような、と言えばいいのだろうか。
(なっ…な…んだ、これは…!?)
目眩がする。
まだ夢の中にいるのだろうか…?
今の自分の気持ちを代弁するように、ぼわっと膨らんだしっぽがそこにはあった。




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