Marry Me

目を閉じても、青葉の上で踊る光が焼き付いている。
濃い緑に染まった山の縁が、くっきりと空に境界線をひく。
溢れ出る夏の色。
いつしか褪せ、散り落ちて行くなどと気付きもしないかのように…
ただ今が盛りと喜びを振りまく色たち。
大きく息を吸うと、日に灼かれた熱い空気にほんの僅か、その木々の香りが混じる。

「アッシュ?早くしないと、始まるぞ!」

金糸銀糸で飾られた豪奢なシャツの襟を正し、アッシュは夏の光に背を向ける。
バチカル郊外にあるこの森は、中央に建てられた古い教会を囲むように広がっていた。
額を手のひらで拭い、目の前にあるガイの背中を追いかける。
同じ距離を保って、少し早めの歩調で。
夏用の布地で作られているとはいえ、上着を着たままで外を歩けばすぐ汗まみれになってしまうような陽気である。
胸から下がる子爵の証でもあるいくつかの勲章が、妙に重く感じる。
陽炎に包まれた町から遠く離れた教会は、木々の中、陽光を跳ね返し眩しい白さに染まっていた。
その細く開いた扉からは、火照った肌に心地良いひんやりとした風が流れ出してくる。

「ひゃ〜、俺たちが最後か?」

ガイが小声で呟く。
中へ滑り込むと、既に大勢の参列者が着席していた。

「ここへ入るのは初めてだな…」

アッシュもつられてあたりを見渡す。
代々王家の冠婚葬祭に用いられてきたこの教会は、普段は固くその扉を閉ざしている。
使用されるのは前王の葬儀以来何十年かぶりだというのに、よく手入れされた内部は古びた印象を与えないほど明るかった。
室内の装飾、そして祭壇の背後にはめ込まれたステンドグラスは想像していたよりずっと荘厳で、思わず息を飲む。

「おい、ルークはどうしたんだ?」

自分に用意された席に着こうと歩き出すアッシュの腕を掴み、ガイが慌てたように囁いた。

「…?さあな、随分と早くから一人で出かけたようだったが。」

同じベッドに寝ていたルークが、早朝に何かを思いついて慌てて出て行ったのは覚えている。

「だから屋敷まで迎えに行こうかって言ったのに…」

王族の席にも、その他友人の席にも、その姿は見当たらない。
アッシュが着席したそのとき、息を切らせたルークが教会に飛び込んできた。
扉を閉める音に、参列者が何事かと振り返る。
慌てたようにアッシュの隣に座るのと、新郎新婦入場の声がかかるのが同時だった。

「何をしていた?」
「え?へへへ、ちょっと寄り道しちゃってさ。」

走ってきたのだろうか、頬は赤く、汗が滴り落ちそうである。

「こういう時くらい格好には気を使え。…後で文句を言われても知らんぞ。」
「う…ナタリアなら言いそうだよなぁ…」

厳かなオルガンの音に導かれるように、新郎が祭壇の前に立つ。
そして開け放たれた扉から花嫁が姿を現すと、参列者の間から感嘆のため息が漏れた。
主役はこの国…キムラスカの王女である、ナタリア。
その手をとった新郎はアッシュもルークもこれまで面識のなかった人物だったが、彼女の選択に異を唱える者は誰もいなかった。
誓いの言葉を述べる彼女は本当に幸せそうで、参列者のなかにも感動で目頭を押さえるものが見かけられる。
アッシュがちらりと横を見ると、ルークもまた僅かに瞳を潤ませて頷いていた。
祝福の拍手が教会中にこだまする。

「王家の婚儀では前例のないことではありますが…」

凛と背筋を伸ばし、ナタリアが口を開く。
一瞬で広がる静寂。

「私、やってみたいことがありますの。」

そう言って彼女は、後ろを向いた。
沸き起こる歓声とともに、独身の者が次々と前へ押し出される。
その波に押されるように、いつの間にかアッシュとルークも前に進み出ていた。

「ブーケトスがやってみたいって、ナタリアも可愛いこと言うなぁ。」
「ガイ、お前も出てきたのか?」
「ルークだって出てきてるじゃないか…ま、俺も後ろから押されただけなんだけどさ。」
「珍しいわね、こんなに女性が多いのに…」

ティアの言葉に、我に返ったガイが身震いした。
その周囲は、見事に女性で囲まれている。

「え?うわっ、うわわっ!?」
「…おい。」

慌てて回り込み、背中に隠れたガイをアッシュが呆れ顔で睨んだ。

「それでは、投げますわね!」

純白のブーケが投げ上げられる。
人々が一斉に上を向く。


「…え?」


大きく舞い上がった花束は弧を描き、すとんとルークの腕の中へ納まった。

「あら、次の花嫁はあなたですの?ルーク?」

目を丸くしたナタリア。
皆がどっと笑う。
ルークは人々の輪の中で、はにかんだように笑った。

「ナタリア!お返しってわけじゃないけど…俺からもプレゼントがあるんだ。」

そう叫んだルークが、人々を押し分け、教会の扉を開く。
真っ白い光が溢れ出した。
そこに広がっていたのは、植わっているはずの芝生ではなく、白い花。
その陰に、ちらちらとチーグルの姿が覗いている。

「まあ…!」

その花言葉は、『あなたの幸福を願います』。

「…幸せになれよ、ナタリア。」
「当り前ですわ。私も、私の夫も、そして…この国の人々も、皆幸せにしてみせます。」

ほほ笑んだその姿は、これまで見てきたどんな彼女よりもきれいだ、とルークは思った。

「うん、ナタリアならできるよ。きっと。」
「ありがとうございます、ルーク。それに…アッシュも。」

何か意味ありげな表情のナタリアに、アッシュも片眉をあげて応えた。
教会からパレードの馬車に向かう道の両側を一面に飾ったその花は、花嫁のドレスのように純白な輝きを放っていた。





「ミュウ、急に言ったのに手伝ってくれてありがとう。」
「はいですの!間に合ってよかったですの!」

白い花を胸に抱えて、ルークはあたりを見回した。

「…あれ?そういえば、アッシュは…」

二人を送り出し、がらんとした教会は再び静けさに沈む。
特に飾り付けもされていなかったためか片付けも早々に終わり、今は祭壇の前にアッシュが立っているのみである。
軋んだ音をたてて扉が開くと、ルークが顔をのぞかせた。

「アッシュ!」
「………。」

その呼び声がこだました後には、また静寂。
振り返りもしないアッシュに、首をかしげながらルークは歩み寄る。

「パレード見に行かないのか?」

横に立ったルークの手を引いて、アッシュは教会の奥へと進む。

「え?アッシュ?」
「次の花嫁はお前なんだろう?練習していけよ」
「練習って…」

アッシュが口にしたのは、新郎の誓いの言葉。
驚いた顔をしたルークだが、アッシュと目が合うとにっこりと笑った。

「…誓います。」

ステンドグラスへ差し込む光が、二人の周りに色とりどりの影を伸ばす。

「なぁアッシュ…」
「ん?」

ルークの持つ白い花が、まるでブーケのようで。

「当然本番≠焉Aそこに居るのはアッシュだよな?」
「…当たり前だ。」

誰にも譲るつもりはない、と呟いたアッシュがルークの手を取る。

「誓っただろう?今。」
「練習って言ってたくせに…」

見つめるルークが唇を尖らせると、アッシュはそれを自分の唇で抑え込んだ。

「ん…」

誓いのキスを、祭壇の彫像だけが厳かに見下ろしていた。
まるで本当の結婚式のように二人が手を繋いで扉を開けると、差し込む光に視界が真っ白に染まる。
光に慣れた目に飛び込んできたのは、生い茂る緑。
目を閉じても、青葉の上で踊る光が焼き付いている。
濃い緑に染まった山の縁が、くっきりと空に境界線をひく。

溢れ出る夏の色。

いつしか褪せ、落ちてゆくなど気付きもしないように。
ただ今が盛りと喜びを振りまく色たち。
それは別れを知らなかった頃の自分にどこか似ていて。
だけど…過ぎ行くものだからこそ、大切なものもあると気づいた。
木陰で一瞬吹きぬけた風は、早くも秋の匂いを含んでいて。
その先にある実りを予感させるように。

「晴れの日も、雨の日も、喜びも悲しみも共に分かち合い」

「暑い夏も、寒い冬も、寄り添い巡り行く季節を共に思い」

「愛し続けることを誓います。」


いつまでも、君と共に。




こんな感じに、二人がいつまでも幸せであることを願います。